急ぐのなれば外の新聞社へおいでなさい、此方では迚も出せませぬと、ケンツク同様の小面憎《こづらにく》い挨拶である、こんな状態で如何に至急を要する事であっても容易に掲載してくれない、此外円本の大広告を掲載するがために、緊急の報道記事を削去することもある、円本出版社は斯く通信機関を妨害すると共にサナキダに横暴なりし大新聞社を一層横暴ならしめたとも云い得る

運輸機関の大障礙 
汽車汽船又は自動車で大貨物を輸送するのは、供給者より生産物を需用者に回付して消費或は使用せしめんがためである、それで円本を各地の取次店へ回付するのは、需用供給の定則による生産物の輸送と見てもよいが、廃物同様の残本を逆送するのは、輸送の本旨に反したムダゴトであると云い得る、無謀の暴挙で大量生産を敢てした円本の残本を各地方から東京へ返送して来た総数は、昨夏以来今秋までの間に約三百万冊である、其三百万冊を小車、自動車、汽車、汽船等に積み卸した労力と時間だけでも少からぬ徒費ではないか、そして其徒費のために正当な生産物を輸送する機関に妨害を与えたのである、今後も円本出版の継続する限りは、尚其徒費を繰返し、妨害を繰返すに違いない、洋紙の浪費と共に、国家の損害亦大なりと云わねばならぬ、此点から見ても、資本主義の大量生産たる円本出版を呪わざるを得ないではないか

一般財界の不景気を助長す
世界大勢の影響と、為政者の政策其よろしきを得ないために、我国財界の不景気は永く続いて居る、明年の春までには回復するだろう、今年の末までには直るだろう、などの説は屡々耳にしたが、一向実現しない、そして此不景気の継続を円本出版屋が助長して居る事実を発見した
資本家ならぬ遣繰屋が経営して居る円本出版屋が多いので、無謀なる大量生産のために事業の困難に陥って居るが多く、何々堂が紙屋に幾万円の負債とか、何々社が印刷屋に幾十万円、何々社が広告取次屋に十幾万円の小切手を渡してあるとか、何々会が製本屋に幾万円の借りがあるなど、其聴いただけを合計しても約四百万円位の不払額になる、これが不景気助長の金融逼塞を甚だしからしめて居るに違いない、厄介至極な者共ではないか、そこで「世直し」のためにも円本出版屋をブッ倒さねばならぬ

一般学者の不平心を醸成す
ロクでもない蚊士とか、無学無識の翻訳者などが、円本の著者訳者として多額の収入を得、所謂印税成金になって、遊里に耽溺して居るとか、住家を建築したとか聴いては、普通の人情として嫉み根性を起したり、羨しがるのは無理ならぬ事であるが、そんな劣等感情でなくして危険な反感を持つ人々が、有識階級連の間に多い
真面目に修養して最高の学府を出た者が、日々勤務して月俸百円とか二百円、或は十年二十年、刻苦研鑽を重ねて立派な学者に成った者が、月収僅かに幾十円というのが世間に多い、否それが現代の実状実相である、此連中には世俗に超越した無関心の人々も多いが、中には印税成金の事を聴いて、馬鹿/\しい世の中である、此不公平を打破せねばならぬと、所謂赤化しつつある人も少くない、ここに想到すれば、国家主義の上よりしても円本出版屋を掃蕩せずばなるまい、嗚呼

円助芸者と円本芸者
明治時代に円助という語はあったが、円本という語はなかった、円本という語は円タクと同く、昭和新時代の新熟語である、明治旧時代の円助芸者は一円札でコロブ(売淫)という意義、昭和新時代の円本書肆が一円本でコロブ(破産)という事になれば好一対
此駄洒落を聴いた座中の一人が、東京牛込神楽坂には円本芸者というのがあろと告げ、円本成金に愛されて居る芸妓ということだとの説明、それでは平凡で面白くない、表装ばかり奇麗で、内容がゼロのため少しも売れない古本と同じ芸妓を、円本芸者と呼ぶことにならないかネ――、とやったので「どこまでもですナー」と一座哄笑

円本関係の裏面談
これより以下は、円本出版屋に関係した事、円本予約者に関係した事、円本の残本を買取ったゾッキ屋(残本を仕入れて各地方の本屋へ売ったり、市内の露店商人等に売ることを専業とする問屋)の事などを記述するのである
但し前記の「害毒の十六ヶ条」中にも裏面談がある如く、此裏面談の中にも害毒論が混じて居る
裏面談は以下に記述する外、マダ幾許でもあるが、大同小異の事であり、或は指名して具体的に書かねば面白くない事もあり、或は事実に相違なきか否かを偵察せねばならぬ事などもあるので、総て省いた、蚊士と出版屋との間に於ける瑣談は多くあるがいずれも俗界の常事、採録する程の事でもない、今後見聞した中に珍談奇事があれば後日『円本全滅記』刊行の時にでも記述する

釣られた予約者の多かった理由
円本出版屋が出した諸新聞紙上の大広告に釣られ、其内容見本のソソリ文句に釣られ又取次店の甘言に釣られた天下の衆愚が、潮の如く殺
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