に啼く。
この騷ぎを見ると可笑しいやうだ。
何が初まつたのかと思ふ
自分達には分ら無いものが
彼等の一團には純然と見えるのではないか。
この騷ぎを聞きつけて
彼處此處から人が鐵網の周圍へ集つて來る。
かけ出して來る。
[#地から1字上げ](一九一八、三月)

  太陽と櫻と月

太陽は一つところにとゞまつて居る
一日歩き疲れ
醉ぱらつて眞赤になつて苦し相にもう一歩も動けなくなつて
滿開の櫻の並木の上にころがつて居る。
櫻は太陽にのられて
重みに堪へ無い樣に
すばらしい勢ひを出して
充實し切つて音も立てず
一生懸命に
花に滿ちた枝に力を出し切つて居る
反對の空に太陽の沈むのを待ち切れ無くなつて
太陽の反映のやうに同じ大きさ位の月が
一直線にスラ/\と同じ位置にまで登つて
この光景に呆れて魂をぬかして居る
その間に挾れて空氣も大地も微塵も動かず
この春の終りの夕を與へて居る
皆んながもう動けなくなつて居る
太陽はころがつて火のやうな息を吹き
櫻の花はこの重い緊張に堪へやらん許りに地上に花をこぼして居る
この緊張に急に白髮になり變つたやうに
燃え盡して灰となつて今にも崩れ去るやうに
眞白くなつて
もう三分この緊張がつゞいたら
世界は如何なつて終ふかと思ふ樣に
皆んなが倒れん許りになつて
さかんに春の絶頂に達した一日の終りに
しんとして支へ合つてゐる
音も無く燃え乍ら動けなくなつてゐる。
[#地から1字上げ](一九一八、三)



底本:「日本現代文學全集 54 千家元麿・山村暮鳥・佐藤惣之助・福士幸次郎・堀口大學集」講談社
   1966(昭和41)年8月19日初版第1刷
   1980(昭和55)年5月26日増補改訂版第1刷
初出:「自分は見た」玄文社
   1918(大正7)年7月発行
入力:川山隆
校正:土屋隆
2008年10月22日作成
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