室の中も外も靜かになつた。
深林か谷底の樣に
自分は机の前に坐つて居る。
妻は側に赤ん坊を抱いて坐つてあやして居る。
赤ん坊は妻の胸に首を埋めてゐる。
小供は眠たいのだ。半分頭はねむつて居るのだ。
心は夢の境を辿つて居るのだ。だが彼は落着かない。
急に何か活動しかける。鼻を鳴らす。
自分の心も落着かない。妙に苦るしい。然うして寂しい。
疲れ切つた妻は一生懸命に歌をうたつて居る。本當に向きになつて
それを聞いて居ると自分の眼にも涙が滿ちて來る。心は重たい。
これが幸福なのかしら、この苦るしさと悲しさが。
何か爲なくてはならない事がある氣がする。
誰かに罪があるやうな氣がする。
誰にも謝り度い氣がする。
あゝこの苦るしい夕暮の一時。
神よ吾等の罪を宥し給へ。
吾等をみ心のまゝに導き給へ。
[#地から1字上げ](一九一六、一二、九夕)(青空所載)
雀
親鳥が巣にかへる時
待ち受けた小さい雛は黄い口を裂ける程開いて
夢かと許りに喜んで啼き、その喜びに死んでもいゝと喜んで啼き、
あらゆる感動の階音を刻んで啼き
全身を緊張させ、ふるはせ、未だ飛べない羽を空に向つて擴げ、
感謝と喜びを示し
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