たに町では逢へ無い。
夜を選んで孤獨で傷ついた野犬のやうに彼は姿を見せはしない。
彼の姿が見られるのはこんな檻の中でなくてはならないのだ。
彼は恐ろしい孤獨な人間だ。癈人だ。
彼にも妻や子があるだらう。
が彼位妻や子を愛したものがあるだらうか。
自分は彼が、留置場の向ふの刑事室のある邊りで(朝であつた)
七つか八つ位の女の子が笑ふ聲を聞いて、
彼の側にかしこまつた老人に、
「子供が來てゐるね」と云つたのを忘られ無い。
俺は「子供がこの人にはあるのか」と思つた。
今度行けばどうせ十二三年は食ふのだから罪は俺が引受ける。
誰か持つてゐるならマツチを出してくれと自分で然う云つて、
涙を呑み込んで身をふるはした此の前科者に。
老人は不攝生の爲めに眼の下の腫れ上つた白い眼をむき出して
「うん」と生返事をして、
寒さうに心配でまつ青になつて溜息をついた。
あゝ哀れな老人、孤獨で、し切りに指ばかり折り數へてゐた老人
(多分刑期がきまるのを待つ爲に。
おつかない法廷に呼び出されるのを待つ爲めに)
未だ牢に馴れないと見える、何か心を苦るしめると見える、
一心に考へ事をしてゐる老人、
夜も晝も默つて、外聞
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