然しやがて白鳥の母は水の中へ躍り込んだ。
然うして涙を洗ふやうに、悲しみを紛らすやうに
その純白の胸も首も水の中へひたし、水煙をあげて悶えた。
然しそれはとり亂したやうには見えなかつた。
然うして晴々した日の中で悲しみを空に發散した。

その單純な悲しみは美くしく痛切で偉大な感じがした。
その滑かな純白の胸のふくらみのゆれ動くのは實に立派であつた。
まことにあんな美くしいものを見た事はない氣がした。
威嚴のある感じがした。
金網の周圍には多くの女や吾れ/\が立つて見てゐた。
自分達は均しく感動した。
自分はその悲しみを見るのが白鳥にすまない氣がした。
吾々の誤つてゐる事を卑しめられた
白鳥に知らしてやれないのを悲しく思つた。
自分はその悲しみを早く忘れてくれるやうに願つた。

  白犬よ

白犬よ、
御前がものを乞ひに來る時
自分の心は騷々しくなる。
御前のものをねだる聲、呼ぶ聲を聞いてゐると、
落着いてゐられ無くなる。心の内が生々して來る。
大事件でも起つたやうになる。
戸の外で御前の俺を呼ぶ聲は
不思議な生命を俺の心に燃え上らせる。
大波が胸に溢れて來るやうに感じる。
さつきから子
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