\廻轉する。亂舞する。
いそがしく消えたり、光つたりし初める。
夜の潮は引き初める。
一陣の風が魔術を吹き消すやうに吹き渡り
星の鱗屑は遠い/\ところへぐる/\目を廻し乍らひいて行く。
潮の引いたやうに樹は黒い姿で現はれる。
[#地から1字上げ](十一月二十八日)
或る夕方
夕方
小供を連れて牛屋へ牛を見に行つた
もう一匹も居なかつた。
皆んな部屋へ入つて居た。
廣い空地には夫婦が肥料を掃き竝べて乾して居た
小供が嬉し相に手傳つて居た
小屋の方から若者がニコ/\し乍ら夫婦の方へ歩いて來た。
『雨が降り出したら困るね』と夫が云つた
『本當に困りますね』と妻が云つた。
美くしい氣がした。
自分は亡くなつた弟を思ひ出した。
牧場で馬の病氣の看病を徹夜してした話を聞いてゐたのを思ひ出した
『明日又來て見よう』と云つて小供と家へ歸つた。
雨が靜に降り出した。
然し青い空は靜かに窓の向ふにいつまでも明るかつた。
窓をしめるのを忘れたやうに。
小景
冬が來た
夜は冷える
けれども星は毎晩キラ/\輝く
赤ん坊にしつこをさせる御母さんが
戸を明ければ
爽やかに冷たい空氣が
サツと家の内に流れこみ
海の上で眼がさめたやう
大洋のやうな夜の上には
星がキラ/\
赤ん坊はぬくとい
股引のまゝで
圓い足を空に向けて
御母さまの腕の上に
すつぽりはまつて
しつこする。
地球の生地
見ろ、見ろ
何處にでも地球の生地はまる出しだ。
例へば
澤山な子持の青白い屑屋の女房は
寒い吹き晒らしの日蔭の土間で
家中にぶちまけられた襤褸やがらくたを
日がな一日吟味し形付ける。
大きな籠の中からとり出すのは
つるのこはれた鐵瓶や錆の出たブリキ製の御飯蒸し
かうやくを澤山張つた埃だらけな硝子のかけら
もう日が暮れるのに家中明け放しの中で
どう仕末がつくことと思はれる冷たいがらくたを
一手に引受けて一々選り分け仕末する。
たまには小供も仆れて泣いて來ようし
乳をねだりに遣つて來ようし
家のしきゐには女の子が二人腰掛けて、
駄菓子をかじり乍ら眺めてゐる。
凍つた道の上には狹い家の中から追ひ出された、
ボロ/\な男の子が相撲をとつてゐる
この寒いのに轉んだり、手をついたり
着物はよごし方題、體は怪我し方題
見ろ、見ろ
どこにでも地球の生地は丸出しだ。
櫛
私の家では
久しぶりに
夜中に妻が髮を洗ふ
うまい工合に小供が早く寢たので
その隙に
臺所で火をカン/\起して湯を沸かして
ばら/\となつた髮をほどいた。
ところがあいにく櫛がめつから無い
箪笥の上の鏡臺の抽出にも火鉢の抽出にも
どこを探しても、家中探しても出て來ない
小供の目をさまさせないやうに
音をたてずに探す氣苦勞
とう/\櫛めは出て來ない
どこへ一たい隱れて居るのだ
折角御湯も沸いてゐるのに
赤ん坊もよく眠てゐるのに
とう/\妻は疳癪を起してしまつた。
とばつちりは俺に來る
俺もない/\はら/\して居たのだ。
何處かで見たやうに覺えがあるが
さて思ひ出せない
妻の探したあとを探してどなられる
可愛相に妻はとう/\本氣に腹を立てた
恐ろしい呪の言葉が口をついて出て
箪笥の上の俺の本は疊の上にぶちまけられる
自分位不運な者は無い
小供なんかいらないと恐ろしい事を云ふ
俺も負けないで賣言葉に買ひ言葉
とう/\二人は默つてしまふ。
妻は自暴半分で髮を洗ひ出す
俺は如何うかして目つけてやりたいと
親切氣を出して探し廻る音に
あいにく子供が泣き出した。
可愛相に赤ん坊は眞赤になつてすかしてもだましても泣く。
眼には恐れと苦しさが一杯涙とまじつて見える
濡れたまゝの髮で妻が臺所からやつて來る
見馴れない形相に赤ん坊は變な顏
枕の上に布をあてがつて濡れた毛のまゝ
妻は添寢をさせて遣る。
小供は安心して眠つてゆく
臺所ではやかんのふたが踊り出し
水と火が喧嘩を初める
俺は櫛めを又探す
然し櫛めは何處かにはさまつて出たくても、
出られないでもがいてゐるにちがひない、
その隙に小供の床からぬけ出した妻は
新しい櫛を買ひに闇にまぎれて走つてゆく
小供はもう眼はさめない。
夜が更けても妻は鏡臺の前に腰を据ゑて
遲くまで眠ら無い。
鏡臺の抽出が急がしく開けたてされる音と
リスリンを手につけてこする音が隣りの室から聞えて居る。
自分は見た
自分は見た。
とある場末の貧しき往來に平行した下駄屋の店で
夫は仕事場の木屑の中に坐り
妻は赤子を抱いて座敷に通るあがりかまちに腰をかけ
老いたる父は板の間に立ち
凡ての人は運動を停止し
同じ思ひに顏を曇らせ茫然として眼を見合して居るのを
その顏に現はれた深い痛苦、
中央にありて思案に咽ぶ如き痛ましき妻の顏
妻を頼りに思ふ如く片手に削りかけの下駄をもちて
その
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