て笑つて居た。
例へやうもない可愛ゆいおとなしい顏よ
すつかりいゝ氣持になつてゐる滿足顏だ。
自分が笑へば、靜かに笑ふ、その眼の光り、
りかう相な默つた表情。いゝところで出會つた。
さて又自分は妻と話のつゞきをする。
もう子供の事は忘れて、
話が絶えて又思ひ出して見れば
靜かに笑つて二人の話を聞いてゐる
母の顏のうしろの一寸氣がつかない小さな顏よ、
葉蔭の花か果物のやうな
滿足しきつたぜい澤な顏、
可愛ゆい、小さな鋭い顏、
ではさよなら、行つて御いで
さよなら、笑つて居ますよ。
[#地から1字上げ](十一月三日)
或る朝の印象
あゝ朝
どの家々もがら明きのやうに靜かだ
皆んな何處かへ行つて仕舞つたのでは無いか
亂雜に家々ばかりが蜘蛛の居ない巣のやうに
澤山空に向つて淋しく竝んで居る。
餘りに明るい光りが暗さを生むやうに
淋しいうつろな家々の近所で
勇しい雀ばかりが啼いてゐる。
ゆつくりと、この朝の靜かさに驚いたやうにつゝましく啼いてゐる。
だん/\啼く音が殖えてゆく。
勢ひも増して行く、羨しくなる程恐れを知ら無いで雀は啼いてゐる
ついと一羽が、
高い目のまはるやうな高い電線に飛んで來て
とまり、輕く調子をとつて姿勢を正した。
大きな淋しい空に對して鋭い對照をなして、憎いほど大膽な雀よ。
恐れを知らない雀よ。
同時にあとからあとから、屋根を離れて幾羽も飛んで來た。
然うして枝渡りして彼はどこかへ行く。
どこへ行くのか。
少しぼつちの群れで。
白犬よ
白犬よ
立たなくてもいゝ。其儘で居よ
俺を見て逃げなくてもいゝ
そこは人の來ない空地だ。
御前の世界だ。
久しぶりの御天氣に
汝ものう/\してるな
腹もいゝと見えるね、
呑氣な白犬よ
安心して遊べ
人氣の無い空地の日和に
そこはお前の世界だ
御前がさがしたうまい場所だ。
そこなら誰も來はしない
俺はそこを占領しようとは思は無い
歸つて來い、白犬よ
そんなに殘り惜し相に去らなくてもいゝ
俺はいたづらはしない、大丈夫だ。だまし打ちはしない。
歸つて來い、
御前は逃げるね、口笛を吹いても
よし、よし、俺は外へ行く
外へ行つていゝ所を御前のやうに目つける、
白犬よ
俺に構はず戻つて來い。
臆病な魂
俺の飼犬が捕つたと知らせに來てくれたので
飛んで行つて犬殺しの箱車を覗いた時
毛臭い、暗い匂ひがプンとした。
兵隊が澤山通つたあとの獸の皮の匂ひのやうに
然うしてサラ/\サラ/\と毛の戰く音がした。
臆病な、早くも死を嗅ぎつけた魂の顫へる音だ。
大小、七八匹の犬が赤や黒や白いのが一つ隅つこにかたまつて
サラ/\サラ/\と毛の音を默つてふるはして居た。
淋しい日の目もくらい音だ。
別れの音だ。
俺の飼犬はゐなかつた。
助つた。
だが、如何うして俺は皆んな戸を開けて逃がして遣らなかつたらう。
空中の詩
今日は久しぶりの天氣だ。
だが風が冷たい。一月二月頃の風のやうだ。
どこかで凧をあげてゐないかと思はれる。
久しぶりに子供を連れて散歩する。
原に行くと、遠く富士とその連山が見えた。
目に見えぬ風は空中に滿ち、雲は皆んな動いてゐた。
冷たいけれど、ぢつとしてゐると日は暖く、
凡てのものがそのまゝに生きた詩だ。
自分の心は透明になつて空中に聳える高い富士や
その他の山々の姿を恐ろしく感じた。
道へ出れば、
小學校がへりの子供が、二人、三人づゝ組んで、
何か聞え無いが話し合つて來た。一人が聞き一人が饒舌つて
女許りの群が通つた。一人は母親らしく二人は※[#「女+(「第−竹」の「コ」に代えて「ノ」)、「姉」の正字」、22−中−9]妹らしく、
一人は子供を脊負ひ夫の噂をして通つた。
もう再び歸つて來無いものゝやうに
羽の薄い蜻蛉が羽だけ光らしてとんで居た。
外氣の中に一日を過せば自分は幸福だ。
空中に見えるものを見れば自分は敬虔の念に打れる。
[#地から1字上げ](十一月五日)
彼は
彼はどこにでも居る。
生命の火はどこにでも居る。
何處にでもめぐり、何處にでも隱れて居る。
氣がつけば彼は露骨だ。
彼は水の中にもゐる。魚となつて水の中にゐる
美くしい金魚となつて瓶の中にも居る。笑ひの中にも涙の中にも
彼は人々がいやがる雨の中にも、闇の中にもゐる。
木の中にもゐる。女や子供や犬や猫の中にもゐる。
見よ、どこにでも彼はゐる
露骨なる彼は。
或る夕暮
夕暮、暖い靄が天と地の間に濛々と湧き起り
晴れた空には光り初めた許りの星がゆつくりと光り
廣大な同情と慈惠はおだやかに地上に降りて來る。
街道に竝んだ小さな家々には灯がともつて
食卓につく家族があらはに見え
戸口の闇にわだかまつて白い犬に食物を與へる少年があり
道端のところ/″\に休んで居る荷馬車の黒馬は
その脊や立髮に金
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