/\と水をはねかす金魚、淋しい金魚、
自分と前後して縁日で買つた五匹の中一匹生き殘つてゐた、
あの小さな金魚、御前も決して無情ではない。
あれを見る度びに俺は娘を思ひ出すだらう
淋しい哀れな、御父さんに別れて、
御母さんと淋しい他人の家の二階へ行つた娘を御父さんと別れてから
あの御母さんの元氣なささうにくらしてゐた事を
俺は忘れないだらう
あの淋しい人達……幸福でつゝがなくあれ。
[#地から1字上げ](九、二十一日、愛の本所載)

  三人の親子

或年の大晦日の晩だ。
場末の小さな暇さうな、餅屋の前で
二人の小供が母親に餅を買つてくれとねだつて居た。
母親もそれが買ひたかつた。
小さな硝子戸から透かして見ると
十三錢と云ふ札がついて居る賣れ殘りの餅である。
母親は永い間その店の前の往來に立つて居た。
二人の小供は母親の右と左の袂にすがつて
ランプに輝く店の硝子窓を覗いて居た。
十三錢と云ふ札のついた餅を母親はどこからか射すうす明りで
帶の間から出した小さな財布から金を出しては數へて居た。
買はうか買ふまいかと迷つて、
三人とも默つて釘付けられたやうに立つて居た。
苦るしい沈默が一層息を殺して三人を見守つた。
どんよりした白い雲も動かず、月もその間から顏を出して、
如何なる事かと眺めて居た。
然うして居る事が十分餘り
母親は聞えない位の吐息をついて、默つて歩き出した。
小供達もおとなしくそれに從つて、寒い町を三人は歩み去つた。
もう買へない餅の事は思は無い樣に、
やつと空氣は樂々出來た。
月も雲も動き初めた。然うして凡てが移り動き、過ぎ去つた。
人通りの無い町で、それを見て居た人は誰もなかつた。場末の町は永遠の沈默にしづんで居た。
神だけはきつとそれを御覽になつたらう
あの靜かに歩み去つた三人は
神のおつかはしになつた女と小供ではなかつたらうか
氣高い美くしい心の母と二人のおとなしい天使ではなからうか。
それとも大晦日の夜も遲く、人々が寢鎭つてから
人目を忍んで、買物に出た貧しい人の母と子だつたらうか。
[#地から1字上げ](一九一六、一二、三一夜)
[#地から1字上げ](以下五篇、生命の川所載)

  夕刊賣

十一月のびつしりと凍えた夜
街の四辻に女は新聞を賣る
彼女の脊中には三つ位の小供が掻卷にくるまつて、
小さな頭のうしろだけ露はに晒し出して、
顏を脊中にう
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