び!
木の音の行列、夥しい星の歌、一粒撰りの新しい音色!
天の戸をくる喜びの歌、朝の歌!
氣の揃つた一團の可愛ゆい、小さな百姓車の行進曲!
[#地から1字上げ](一〇、二五曉、愛の本所載)

  わが兒は歩む

吾が兒は歩む
大地の上に下ろされて
翅を切られた鳥のやうに
危く走り逃げて行く
道の向ふには
地球を包んだ空が蒼々として、
底知らず蒼々として日はその上に大波を蹴ちらして居る
風は地の底から涼しく吹いて來る
自分は兒供を追つてゆく。

道は上り下り、人は無關係に現はれ又消える
明るく、或は暗く
景色は變る。

わが兒は歩む
地の上に映つた小さな影に驚き
むやみに足を地から引離さうともち上げて
落て居るものを拾つたり、捨てたり
自分の眼から隱れてしまひたい樣に
幸福は足早に逃れて行かうとする
われを知らで、
どこまでも歩いて行く。その足の早さ、幸福の足の早さ、
道の端の蔭を撰んで下駄の齒入れ屋が荷を下ろして居る
わが兒はそこに立止る。
麥藁帽子のかげにゐる年寄りの顏を覗き込み、
腰をかゞめて、ものを問ふ
齒入れ屋は、大きな眼鏡をはづして見せ、
機嫌好く乞はれたまゝに鼓をたゝく。
暫らくそこでわが兒は遊ぶ。

わが兒は歩む
あちら、こちらに寄り道して、翅を切られた鳥のやうに
幸福の足の危ふさ
向ふから屑屋が來る。
いゝ御天氣で一杯屑の集つた大きな籠を脊負つて來る。
わが兒は遠くから待ち受けて居る。
屑屋はびつくりして立止る。
わが兒は晴々見上げて居る。
屑屋は笑つて、あとからついて行く自分に挨拶をする。
『可愛ゆい顏をしてゐる。』と、

郵便配達が自轉車で來る、『あぶない』と思ふ間に、
うまく調子をとつて小供の側を、燕のやうにすりぬけて行く
わが兒はびつくりして見送つて居る
郵便配達は勢ひよく體を左右に振つて見せ
わざと自轉車をよろつかせて
曉方の星のやうに消えてゆく

わが兒は歩む。
嬉々として、もう汗だらけになつて。
掴るまいと大急ぎ
大きな犬が來る。彼よりも脊が高い
然しわが兒は驚かない、恐がら無い
喜んで見て居る。
笑ひ聲を立てゝ犬のうしろについてゆく。

わが兒は歩む、
誰にでも親しく挨拶し、關係のある無しに拘らず
通る人には誰にでも笑顏を見せる。
不機嫌な顏をした女や男が通つて
彼の挨拶に氣がつかないと
彼は不審相に悲しい顏付をして見送る
がすぐ忘れ
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