ウ→ユー、「嬉しう」ウレシウ→ウレシュー。この変化はいつ起ったかわからないが、室町末には、既に変化していたのである。
 以上の(二)および(四)の音変化の結果、もと直音《ちょくおん》であったものが新たに拗音《ようおん》となり、拗音を有する語が多くなった。
 (十二) サ行音ザ行音は室町末期の標準的発音では、<sa><shi><su><she><so>、<za><ji><zu><je><zo>であって、現今の東京語と大体同じであるが「セ」「ゼ」の音だけが違っている。しかし、これは、近畿から九州まで日本西部の音であって、関東ではその当時も今日の東京語と同じく「セ」「ゼ」を<se><ze>と発音した。サ行ザ行の音は、室町以前における的確な音がまだわからないからして、どんな変遷を経て来たかは、言うことが出来ない。

 以上、第二期における国語の音韻の変遷の重《おも》なるものについて述べたが、これによれば国語の音韻は、奈良朝において八十七音を区別したが、平安朝においてはその中のかなり多くのものが他と同音に帰して二十三音を失い、六十四音になったが、一方、音便その他の音変化と漢語の国語化とによって、ン音や促音やパ行音や多くの拗音が加わり、また鎌倉室町時代における音変化の結果、多くの長音が出来た。「ち」「つ」「ぢ」「づ」の音は変化したけれども、まだ「ぢ」「づ」と「じ」「ず」とは混同するに至らず、oの長音になったものも、なお開合《かいごう》の別は保たれていたのである。
 以上は京都地方を中心とした中央語の変遷の重なものである。他の方言については不明であるが、室町末期における西洋人の簡略な記述によっても、当時の方言に種々の違った音がありまた違った音変化が行われたことがわかるのである。
 二 連音上の法則の変遷
 (一) 第一期においては語頭音として用いられなかったラ行音および濁音は、多くの漢語の国語化または音変化の結果、語頭にも用いられるようになった。
 ハ行音はこの期を通じてその子音はFであったが、そのうち語頭以外のものはワ行音と同音に帰したため、語頭にのみ用いられることとなった。
 母音一つで成立つ音の中、語頭以外に用いられないものはアだけとなった。
 パ行音は語頭には用いられない(パット、ポッポト、ポンポンのような擬声語は別である)。ただし、室町末期に国語に入った西洋語(主として吉利支丹《キリシタン》宗門の名目)にはパ行を語頭にも用いたらしい。
 m音が語頭に立つものが出来た(「馬《ウマ》」「梅《ウメ》」など)。このm音はンと同種のものであるが、ン音はこの場合以外には語頭に立つことはない。
 (二)語尾音にはン音や入声《にっしょう》のt音も用いられることとなった。「万《マン》」「鈴《リン》」「筆」Fit「鉄」tetなど。
 (三)語の複合の際に起る連濁および転韻は行われたが、従来例のある語にのみ限られたようである。 また語と語との間の母音の脱落による音の合体は、平安朝にも助詞と動詞「あり」との間に起って、「ぞあり」から「ざり」、「こそあれ」から「こされ」、「もあり」から「まり」などの形を生じ、更に後には、「にこそあるなれ」「にこそあんめれ」から「ごさんなれ」「ごさんめれ」などを生じたが、第一期のように自由には行われなかった。
 或る語が「ん」で終る語の次に来て複合する時、その語の頭音が、
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ア行音ワ行音であるものはナ行音となる(「恩愛《オンアイ》」オンナイ、「難有《ナンウ》」ナンヌ、「仁和《ニンワ》」ニンナ、「輪廻《リンヱ》」リンネ、「因縁《インエン》」インネン、「顔淵《ガンエン》」ガンネン。ただし「ん」がm音であったものはマ行音となる。「三位《サンヰ》」サンミ。
ヤ行音であるものはナ行拗音となる。「権輿《ケンヨ》」ケンニョ、「山野《サンヤ》」サンニャ、「専要《センエウ》」センニョー。
ハ行音であるものはパ行音となる。「門派《モンハ》」モンパ、「返報《ヘンハウ》」ヘンパウ。ただしかような場合に連濁によってバ行音になるものもある。「三遍」サンベン、「三杯」サンバイ。
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 漢語において、上の語の終が入声である時は、
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入声の語尾キ・ク(もとk)はカ行音の前では促音となる。「悪口《アクコウ》」akko[#「o」の上に「−」]「敵国《テキコク》」tekkoku
入声の語尾フ(もとp)はカ行サ行タ行ハ行音の前では促音となる。そのハ行音は同時にパ行音となる。「法体《ホフタイ》」はfottai「合《ガフ》す」gassu「立夏《リフカ》」rikka「十方《ジフハフ》」jippo[#「o」の上に「v」]「法被《ハフヒ
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