と書いても「キョー」であります。これは実際に今日の言語においては同じ音でありますが、字の形は皆違っております。字の形をたよりにしてみればこれは皆違った形であるから違った音かと思われます。ところが実際においては皆同じ発音をしている。そうかと思うと「孔子」も仮名では「こうし」と書きますし、「犢」も「こうし」と書きます。これは眼に見える形は同じであっても発音は違っている。そういうことが昔になかったとも言えない。「おる」「をる」「とほる」「あふひ」の「お」「を」「ほ」「ふ」は、今日では皆同じオの音であります。これは発音は同じで字が違っている。字の方を土台にして考えてみると違ったように見えながら、実際はその発音は同じであります。こういうことが我々の眼の前にあるのでありますから、昔においてもこういうことがありはしなかったか。字に書いたものを土台にして調べるという場合には、すぐこんな問題に打突《ぶつ》かるのであります。
古い時代の古典は、国語の音は万葉仮名で書いてあります。万葉仮名はどうかと言いますと、平仮名や片仮名どころの騒ぎではないので、同じ音に対して非常に沢山の違った文字が使ってある。例えば
前へ
次へ
全124ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
橋本 進吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング