に「ヤマ」という意味を表わしている。それを日本語の「ヤマ」という語の意味がちょうど支那の「山」という字の意味に当るものでありますから、「山」の字を書いて「ヤマ」という日本語を表わさしめるのです。このような表わし方もあります。しかしこういう風に日本語を書いたものでは、今言ったような、昔の人がどれだけの音を聴き分けたかということは判りません。これを知るには、どうしても日本語の音を書いたもの、「ヤマ」という語ならば「也麻」と書くとか、仮名で「やま」と書くとか、こういう風に音を写したものによるよりほかないのであります。すなわち片仮名、平仮名、あるいはもっと古い時代では万葉仮名、そういうものによって日本語を書き写したもの、それを材料にして、それによって昔の人がどれだけの音を言い分け聴き分けておったかということを知るのであります。
ところが、そういう日本語の音を文字で写した場合に、もし同じ音はいつでも同じ文字で書くというのであるならば、問題は余程簡単になります。いつでも「ヤ」という音は「や」という字で書き、これ以外の字では書かないのならば、音の区別というものと文字の違いというものと、ぴたっと一致
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