「た例はないから「夜」と書いた方が正しいと考えられます。現にこの例は、我々が見ることの出来る非常に古い時代の写本の『万葉』には、大抵一致して「夜」の字になっておりますから、その点から見ても「夜」とある方がよいということが断定できる訳であります。それから「奈我奈家婆《ナガナケバ》」、これは『万葉集』第十五巻の最後の歌(三七八五番)にあるのですが、「ながなけば」は、お前が鳴けばという意味の言葉であります。この「家」は、他の本には「気」となっています。「家」はケの甲類に「気」は乙類に属するのでありますが、「鳴く」は四段活用で「なけば」は已然でありますから、その「け」には乙類の「気」を使った方が正しいときめることが出来ます。そういう風に、古典の本文を校定する場合に、どちらが正しいかということを判断する標準になるのであります。
それから古典の文を解釈する場合にもやはり役に立ちます。『万葉集』に「朝爾食爾《アサニケニ》」という語と「日爾異爾《ヒニケニ》」という語があります。よく似ているからこの「あさにけに」の「けに」を「日に異に」の「異《ケ》に」と同じ意味に解釈しているものもありますが、「食」と
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