「ないという事実は、たとい一々の音がどんな音であったかということがわからなくとも、非常に大切なことであります。それは、最初に述べた通り、音の違いは言葉の意味を区別するために用いられているからであります。
 かような事実を知っておくことが、古典研究の上にどんな効果を齎《もた》らすかということを、もう時間が参りましたけれども、少しばかり述べてみたいと思います。
 その一は古典の本文が本によって色々になっている場合があります。『万葉集』の第七巻の中に「与曾降家類《ヨゾクダチケル》」(一〇七一番)とあって、「夜」の意味の「ヨ」に「与」の字が書いてあります。これは普通の本でありますが、古い本には「与」の字のかわりに「夜」という字が書いてある。若しこの「与」と「夜」とが同類に属するものであるならば、どちらが良いか悪いか判らないのですが、「よ」にあたる仮名には二類の区別があるのでありまして、同じヨでも「与」と「夜」とは別の類に属するのであります。それ故、どちらを使ってもよいというのではなく、どちらかが誤りでなければなりませぬ。然るに「与」は「夜」の「ヨ」とは別類の仮名で、「夜」を「与」の類の仮名で書
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