に組合せて一々の語の形が出来、そうして色々の違った意味を違った音の形によって言い分ける、すなわち、区別して示すのである。その一定の言語において用いられる違った音の数というものは、こういう音とこういう音とこういう音という風にちゃんときまっているのであります。日本語ならば母音はアイウエオの五つですが、英語になると母音はなかなか沢山あります。「イ」でも舌に力を入れてしっかり発する「イ」と、少し力を抜いて言う「イ」とを別の音として聴き分け言い分けている。「エ」でも日本の「エ」よりももっと舌に力を入れて言う「エ」と、舌を下げて上顎《うわあご》との間を広くして言う「エ」とを区別するという風に、色々沢山違った母音を用いる。それで或る一定の言語ではこういう音とこういう音とこういう音とを用いるという風に、これに用いる音の数がちゃんときまっている。そうして、それだけの音は、一つ一つは互いに違った音であるけれども、決して互いに孤立して存在しているものではなく、全体がしっかりと組合っているのであります。それ故、或る語を発音する場合には、その組合っている多くの音の中のどれかを取り出して、一つずつ順次に発音するのであります。また、人の言語を聞く場合にも、耳に聞えて来る音を、その組合せの中のどれかであるとして聴き取るのであります。先程言ったように英語ではmarket,match,muchという場合に、mar−とma−とmu−とは別々の音であって、英国人は、これを違った音として聴くのですが、日本人はこれを一つの音として聴くのであります。それは聴く人の頭の中にこの音とこの音という風にちゃんとその音の観念が出来ていて、それが互いに組合って存在し、それ以外のものを排除しているからであります。
 それで、我々が言語を発する時にはその中のどれかを使うので、それ以外の音は用いない。聴く場合もその中の一つとして聴く。それであるから外国から言葉が入って来る場合に、聞く人の言語のもっている音に合わないような音があると、その音を変えて、聞く人の言語にある諸音の中のどれかに合うようにするのであります。例えばチベットという国の名はTibetでありますが、「ティ」(ti)という音は日本語にないので、どの音にも旨《うま》く嵌《はま》らない。それでその語を我々が使う場合には、日本語の中にあるそれに似た音にかえて、チベット[#チに傍線]とするのであります。日本語にないような音は押し出してしまって、日本語にあるような音として使う。また我々の使っているメリヤスという語、これも古いスペインの語でありましてmediasという語ですが「ディ」という音が日本にないから、それを日本にあるそれに似た音にして、メリヤス[#リに傍線]としたのであります。「ディ」は聴いた感じが「リ」と似ておりますから、メリヤスとしたのであります。こういう風に日本語にない音が入って来ても、これまで我々がもっている色々違った音の組合せの中のどれかにしてしまうのであります、そういう風に、あるきまった言語において用いるあらゆる音の組合せを音韻組織といっております。
 これはちょうどオルガンとかピアノのキーのようなもので、一つの言語にはちゃんときまった数のキーがあるようなものです。音を発しようとすれば、その中のどれかを叩《たた》くより仕方がない。それ以外の音は出ない。半音ずつの違いによって一箇ずつキーが附いておりますが、それのどれかを使うより仕方がない。それ以外の音は出ない。一つのピアノとかオルガンとかに備え付けられているキーは限られている。これと同じように一つの言語に用いる違った音は一定数のものがちゃんと作りつけになっているような訳です。しかしピアノであったならば、それはかえることは出来ませぬ。いつまでも同じ数だけなのですが、言語においては或る一時代の言語にあったそういう音韻組織は、時の移ると共に段々変って行くことがあります。幾つかきまった数だけ使われておったその音自身が段々変って行く。或る場合には一つの音が二つに分れ、或る場合には二つの音が同じ一つの音になる。そうすると前の時代とは全体の組合せが多少違って来るということは無論ある訳であります。
 現代語については、今申した通り、どれだけ違った音を区別するかということは自身が直接にその言語を聴き、また現在その言語を使っている人々に尋ねてみて判るのであります。ところが古代の言語については、昔の人がどれだけの違った音を聴き分け言い分けておったかということは、昔の人の文字に書いたものによって知るほか方法がないのであります。文字に書いたものと言っても色々あります。例えば、漢字の意味を取って日本語を書いて、例えば「ヤマ」という語を「山」の字で書く。これは「サン」という漢字であって、支那において既
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