をみれば、当時の人々は、蜂の飛ぶ音をブと聞いたと共に、馬の鳴声をイの音で表わしていたのである。「いばゆ(嘶)」という語の「い」もまた馬の鳴声を摸した語であることは従来の学者の説いた通りであろう。蜂の音は今日でもブンブンといわれていて、昔と大体変らないが、馬の声をイといったのは我々には異様に聞える。馬の鳴声には古今の相違があろうと思われないのに、これを表わす音に今昔の相違があるのは不審なようであるが、それにはしかるべき理由があるのである。
 ハヒフヘホは現今では<ha><hi><hu><he><ho>と発音されているが、かような音《おん》は古代の国語にはなく、江戸時代以後にはじめて生じたもので、それ以前はこれらの仮名は<fa><fi><fu><fe><fo>と発音されていた。このf音は西洋諸国語や支那《シナ》語におけるごとき歯唇音《ししんおん》(上歯と下唇との間で発する音)ではなく、今日のフの音の子音に近い両唇音《りょうしんおん》(上唇と下唇との間で発する音)であって、それは更に古い時代のp音から転化したものであろうと考えられているが、奈良時代には多分既にf音になっていたのであり、江戸初
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