り暮す事は誠に心苦しくもあり又嬉しい事でもある。
 俳句を命とする私は、地上のあらゆる幸福愉悦をも場合によつてはすてゝも、狐り淋しくとも、ただ句修行の峻嶮をきはめたい。
 谷深くさぐる一宇は、永遠の芸術境を求める一つの私の心境をうたつた句であり、遠賀《をんが》の長堤に青すゝきをかきわけかきわけ孤り辿りゆく句境涯も、生きゆく闘ひをこめた心の姿である。
 地位なく金なく背景なく才もないたゞ瘠腕一本の一久女にとつては、永久に渦まく瀬戸の逆潮をのりきり、風雨とたゝかふ心境も、ゆくべき道もただ尽天地これ俳句の曠野あるのみである。
 私は一生春蘭か白蘭か梅花の気品をもつて、俳句修業の最高の殿堂をめざして只進みたい念願を抱いてゐるものである。
[#地から1字上げ](昭和九年四月八日記)



底本:「杉田久女全集第二巻」立風書房
   1989(平成元)年8月1日発行
入力:H.YAM
校正:土屋隆
2009年4月29日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボラ
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