わり]
(9)[#「(9)」は縦中横] 光[#「光」に傍点]、影を扱える句[#「影を扱える句」に傍点]
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かはほりの灯あふつや源氏の間 諸九尼
月見にもかげほしがるや女づれ 千代女
木々の闇に月の飛石二つ三つ 汀女
蝉時雨日斑あびて掃き移る 久女
[#ここで字下げ終わり]
三井寺の源氏の間の灯を蝙蝠があおつ情趣。月見にも女はかげをほしがるという千代女の主観。汀女のは木立のかげの闇に月が流れ、飛石が二つ三つ浮き上る様に見えているという印象的な句。
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朝顔のかげをまきこむ簾かな 星布女
炭火にかざす手のかげありぬ灰の上 翠女
編物やまつげ目下に秋日かげ 久女
[#ここで字下げ終わり]
簾を捲きあげるにつれ朝顔のかげもまきこまれるという客観描写は、炭火にかざす手の影が灰の上にあるのを写生し、まつげのかげがはっきりと印される繊細な写生とも違う。
(10)[#「(10)」は縦中横] 時間の句[#「時間の句」に傍点]
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やがてきづく菊の小雨や秋袷 みどり
新涼や月光うけて雨しばし あふひ
いつとなく木立もる灯やくれの秋 同
[#ここで字下げ終わり]
秋袷の女がいる。外には菊がさき小雨がふり出した。やがて漸く雨のふっているのに気がつく、しみじみしたいい句である。雨夜の一とき、月光をうけて雨あしが白くうき見える新涼の感じ。いつとなく木立もる灯かげにふと気づいたという、秋も末の、落葉しそめた夕寒い感じ。三句とも絶えず物事に注意ぶかい観照の目をむけ、久しく凝視していて、或時の変化刺激に初めて出来た句であって時間の経過を示している。
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山茶花や二つとなりし日南猫 清女
[#ここで字下げ終わり]
山茶花が咲いている。日向の縁先かなにかに一匹の猫がつくばっている。暫くして又見ると猫は二匹となっていたという、小春らしい静かな時間的変化を写生している。
[#ここから2字下げ]
紫陽花に秋冷いたる信濃かな 久女
[#ここで字下げ終わり]
山国の時候の急変と時の経過をよめる句。
(11)[#「(11)」は縦中横] 大景叙景の句[#「大景叙景の句」に傍点]
此時代の句は、習作を主とした為めに、繊細部分的。写生の為めの写生句、単的な描写が全部であるかの如くも思えるが、大景を叙した句も少くない。而し一般的には女流は叙景叙事には男子の如き技量なく、矢はり彼女らの本領は女らしい材料、捉え所、において光っている。
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遥かなる藪浪うつて驟雨かな あふひ
高き樹の落葉たはむれて露の原 同
群雀稲にくづれて山青し 同
[#ここで字下げ終わり]
之等の句は、もはや男女の区別なき写生の技で光っている。
[#ここから2字下げ]
春昼や出船のへりのうす埃 みさ子
大池のまどかなる端や菖蒲の芽 同
冬凪や小舟をつれてかゝり舟 せん女
りんだうや入船見おる小笹原 久女
塀の外へ山茶花ちりぬ冬の町 かな女
蓮さくや暁かけて月の蚊帳 より江
身かはせば色かわる鯉や秋の水 汀女
落葉山一つもえゐて秋社 みどり
大比叡に雷遠のきて行々子 春梢女
[#ここで字下げ終わり]
出舟のへりのうす埃。小舟をつれてかかりおる親舟。塀外へちる山茶花のわずかな色彩。蓮池と、月の蚊帳と。男性の句に比してやはり女性らしいみつけどころを捉えている。美しくなだらかである。殊に大池の端の菖蒲の芽は、木版の風景絵の如きうるおいを見せている。古の女流中では天明の星布尼、大景叙景の客観句に富み佳句も少くない。
(12)[#「(12)」は縦中横] 線の太い句[#「線の太い句」に傍点]
習作としての純客観写生から一歩、主観客観合一の境地へ進むと、もはや単なる写生の為めの写生句ではない、線の太い句となるのである。
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春雷や夜半灯りて父母の声 みさ子
茎漬や明日柏木に月舟忌 みどり
奥の間に句会しづかや松の内 清女
夜寒児や月に泣きつゝ長尿 静廼
時雨るゝや灯またるゝ能舞台 あふひ
父逝くや明星霜の松に尚ほ 久女
山駕にさししねむけや葛の花 せん女
玉芙蓉しぼみつくして後の月 より江
[#ここで字下げ終わり]
三 境遇個性をよめる句
須磨の山荘に久しい宿痾を養っているせん女氏[#「せん女氏」に傍点]には病の句が沢山ある。
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病んでさへおればひまなり菊の晴れ せん女
鈴虫や疾は疾我生きん 同
極月や何やらゆめ見病みどほし 同
病みながら松の内なるわが調度 同
[#ここで字下げ終わり]
病は疾として我生きんと、生命の闘をよみ、病苦悩みの中から一切を俳句に打こみ安心境を見出すせん女氏。
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よき母でありたき願ひ夜半の冬 せん女
極月や婢やさしく己が幸 同
[#ここで字下げ終わり]
何らの技巧もなく、松の樹の如き性格の一面に優しさをしみ出させ、
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母が手わざの葛布をそめて着たりけり せん女
わが編みて古手袋となりにけり 同
[#ここで字下げ終わり]
この二句浮華軽佻ならぬ性格を確《しっか》りと出している。せん女氏は大正女流中の年長者、墨絵の如く葛布の如き手ざわりの句風である。
二十幾歳で早世したみさ子氏[#「みさ子氏」に傍点]は、其性白萩の如く優雅純真。足の固疾に対してもすこしの不平もなく、大正女流中唯一の年少処女俳人。
[#ここから2字下げ]
雨ふれば雨なつかしみ菊に縫ふ みさ子
菊人形ときけど外出の心なく 同
[#ここで字下げ終わり]
等花のさかりの年頃を引籠りがちに、只俳句を生命として暮し、ひたすら父母をたよる乙女心から父母をよめる句頗る多く、
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母に似し眉うれしけれ冬鏡 みさ子
炭ついでいつかしみ/″\と語りけり 同
木の芽雨母おうて傘まゐらせぬ 同
[#ここで字下げ終わり]
等、一生を父母の慈愛に生き、すなおな落付をもて、女らしいしとやかな佳句をのこしている。
より江氏[#「より江氏」に傍点]は後期雑詠時代に一人舞台で、活躍していられる故、のちにゆずり、ただ
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枯菊に尚愛憎や紅と黄と より江
秋風にやりし子猫のたよりきく 同
[#ここで字下げ終わり]
の二句に氏のデリケートな性格、あくどい悩や執着のないさらりとした明るさを見る。
[#ここから2字下げ]
春菊にみより少き忌日かな 和香女[#「和香女」に傍点]
ひとりすむや行水の間を閂かけて すみ女[#「すみ女」に傍点]
[#ここで字下げ終わり]
共にさみしい境遇心持をあらわし、
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寒菊にいぢけてをれば限りなし みどり
草箒木どれも坊主や返り花 同
[#ここで字下げ終わり]
みどり女氏[#「みどり女氏」に傍点]の明るさ、元気よさがそのまま出ているし、
[#ここから2字下げ]
願ひごとなくて手古奈の秋さみし かな女
足まげて見て涙こらえぬ秋のくれ 同
[#ここで字下げ終わり]
このかな女氏[#「かな女氏」に傍点]の句には、子のないものの或時の淋しさ。ものかたい母君にそだてられた家庭の婦人らしさ辛棒づよさが出ている。
[#ここから2字下げ]
雛ゆづる子なくて淋しかざりおる 操女[#「操女」に傍点]
雁ないてその夜に似たり松の星 翠女[#「翠女」に傍点]
[#ここで字下げ終わり]
前の句は石女《うまずめ》の淋しさを、後の句は亡き子の一周忌をいたむ母の涙の句である。
[#ここから2字下げ]
さうめんや孫にあたりて舅不興 久女
貧しき群におちし心や百合に恥づ 同
貧しき家をめぐる野茨の月尊と 同
[#ここで字下げ終わり]
田舎の旧家の複雑した家庭。境遇の矛盾。ノラともなりえず、ホ句に慰藉を求めては、貧しき家をめぐらす野茨の月の純真さに、すべてを忘れ、花衣の色彩の美しさにもこころひかるる、感じ易き久女。子ぼんのうの彼女は、
[#ここから2字下げ]
風邪の子や眉にのび来しひたい髪 久女
[#ここで字下げ終わり]
我子への愛着のふかさをうたっている。
境遇、個性、感情、心持の句についてはもっと詳しく記したいのであるが余り長くなるからすべてを省略する事とした。
[#地から1字上げ](昭和二年十月稿)
[#地から1字上げ](「ホトトギス」昭和三年二月)
底本:「杉田久女随筆集」講談社文芸文庫、講談社
2003(平成15)年6月10日第1刷発行
底本の親本:「杉田久女全集 第二巻」立風書房
1989(平成元)年8月発行
初出:「ホトトギス」
1928(昭和3)年2月
入力:杉田弘晃
校正:小林繁雄
2004年11月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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