蕉園の絵にでもありそうな光景を目に見る如く写生している。(ロ)[#「(ロ)」は縦中横]、鳥が飛んできて、枯柳に止った。風が吹く。柳と共に吹かれていた鳥は軈《やが》てとび去ったという、一羽の鳥の動作を客観的に叙して、秋夕の身にしむ淋しさを主観ぬきで叙している。(ハ)[#「(ハ)」は縦中横]は舞台にせりあげてくる菊人形を、ゆらぎつつ[#「ゆらぎつつ」に傍点]の五字で面白く写生している。
 (2)[#「(2)」は縦中横] 取扱いの近代化と散文的傾向[#「取扱いの近代化と散文的傾向」に傍点]

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炭どんかえして餅やく子らの時雨宿[#「子らの時雨宿」に傍点]   あふひ
除夜の鐘襷かけたる背後より   静廼
三味ひくや秋夜の壁によりかかり[#「よりかかり」に傍点]   みどり
[#ここで字下げ終わり]

 之等は材料は有きたりの物乍ら、取扱い描出が嶄新である。時雨の季感は従であって、此句の主眼は餅をやいてる子供らなのである。襷がけでせっせっ[#「っ」に「(ママ)」の注記]と働いている背から除夜の鐘がなるといい、壁によりかかって三味をひく女の姿を中心に描き、瞬間的動の自由な手法を用いている。かく清新な写生、取扱いを重要視した結果、次第に季感のうすい内容、形の散文的傾向さえうまれて来た。

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番傘さして来し郵便夫梅雨の宿   かな女
何時となしに木の実みなすて町近し   和香女
[#ここで字下げ終わり]

 写生の為の写生句[#「写生の為の写生句」に傍点]。実在の真を習作的に詠んだ詠句も多い。

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花びらに深く虫沈め冬のばら   みさ子
蔓おこせばむかごこぼれゐし湿り土   久女
[#ここで字下げ終わり]

 (3)[#「(3)」は縦中横] 動物写生[#「動物写生」に傍点]
 動物写生にも近代元禄天明の差異を見る。

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蝶々のかすませにくる広野かな   花讃
縁に出す芋のせいろや蝶々くる   かな女
花大根に蝶漆黒の翅あげて   久女
病蝶[#「病蝶」に傍点]や石に翅をまつ平ら   同
凍蝶[#「凍蝶」に傍点]や桜の霜を身の終り   星布
秋蝶[#「秋蝶」に傍点]や漆黒うすれ檜葉にとぶ   みさ子
[#ここで字下げ終わり]

 花讃の句は蝶を点出して広野の長閑さを主観的によみ、かな女のは大正初期の句で之も芋のせい籠にくる蝶の長閑さを主としている。所が花大根の句に到ると、ただ純白の花の上に今し漆黒な蝶が翅をあげてとまった、その動中の一ポイントを捉まえ、一瞬間の姿を活動的に描いた点が新らしい写生句である。次の凍蝶と病蝶とを対比するに凍て蝶が散りしく葉桜の霜に横わっている光景よりも桜の霜を身の終りとして凍ったという作者の蝶をいたむ主観が勝っている。一方のは石上に翅を平らにして、もはや飛ぶ力もない病蝶をじっと凝視している。病蝶に対する何らの主観も読まず、只目に映じる色彩、形、実在の真を明確に描写せんと努力するのみである。秋蝶の句は漆黒にうすれた秋蝶の性質を写す。

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灯取虫うづまくと見し目に花一輪   あふひ
灯におぢて鳴かず広葉の虫の髭   せん女
盃をとりやる中や灯取虫   多代女
月代や時雨の中の虫の声   千代女
[#ここで字下げ終わり]

 灯取虫が灯の周囲をめまぐるしく渦巻くよと見ている目に、赤い花一輪が映ったという瞬間的写生で、中七字に近代的特色を見る。動かぬ広葉の虫の髭に目をとめる写生句。之を、灯取虫に盃のやりとりを配し、時雨の中の虫時雨を月代に配せる昔の情景句に比して近代句は動的であり精緻をきわめている。

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葡萄粒をわたりくねれる毛虫かな   あふひ
怒り蛇の身ほそく立ちし赤さかな   同
白豚や秋日にすいて耳血色   久女
[#ここで字下げ終わり]

 美しい葡萄粒を這いくねる毛虫。鎌首をあげ身細く怒り立つ蛇の赤さ、秋日にすきとおる白豚の耳の真紅色。従来醜しと怖れられ、厭われた動物をも凝視し忠実にそのものの特質、詩美を見出そうとつとめている。
 (4)[#「(4)」は縦中横] 静物写生[#「静物写生」に傍点]
 一個の林檎なり花なりの色彩形襞陰影等、事物の真に感興をもって、繊細如実に描出するのが前期時代静物写生である。

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いたゞきにぼやけし実やな枯芙蓉   みさ子
大輪のあと莟なし冬のばら   同
白萩のこま/\こぼれつくしけり   せん女
[#ここで字下げ終わり]

 枯芙蓉のいただきがぼやけている実。冬ばらの大輪が咲いたあとに莟もない事を見出し、白萩のこまこまと散りしいた有様、之らは久しく花なり実なりを忠実に観察し初めて読み出でた句であって、他に何らの景物もなく一本の枯芙蓉、大輪の冬ばら、それぞれの性質を描き分けている。

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水嵩に車はげしや藤の花   多代女
うきことに馴れて雪間の嫁菜かな   すて女
[#ここで字下げ終わり]

 多代女は、水嵩に水車が激しくめぐっている山川らしい風景。すて女は女性の苦労にたゆる辛棒づよさを雪間の嫁菜にふくませてよみ、藤、嫁菜は一幅の景なり、一句の主観を表現する一つの手段として取扱われている所、大正写生と異る。

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茸城や連り走る茸の傘   操女
松茸や地をかぎ歩く寺の犬   星布
初茸の香にふり出す小雨かな   智月
[#ここで字下げ終わり]

 元禄の句、初茸は目にうつり来ず、小雨のふり出した茸山の感じをよみ、天明のは、地をかぎ歩るく寺の犬をつれ出して、茸狩の光景を描写し、大正の操女は、連り走る如く大小の茸が傘をならべてむれ生えている茸城を目に見る如く印象的に写生して、俳画の如き面白味を見せている。
 (5)[#「(5)」は縦中横] 人体の部分写生[#「人体の部分写生」に傍点]
 レオナルド・ダ・ヴィンチの名画、モナリザの永遠の謎の微笑を、唇、額、目という風に部分的にひきのばし研究した写真をかつて私は見た。その部分部分は美の極致をつくし、その綜合した顔面は何人も模倣し能わぬ千古の謎のほほえみを形成するのであった。
 大正女流俳句も亦、人体の部分写生をしている。而もこれを綜合して永遠の謎の微笑の美しさをのこすや否やは未知数に属するが、かかる人体の部分的写生は昔に見ない所である。

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桜餅ふくみえくぼや話しあく   みさ子
夏瘠や粧り濃すぎし引眉毛   和香女
夏瘠や頬もいろどらず束ね髪   久女
[#ここで字下げ終わり]

 桜餅をふくみ靨《えくぼ》を頬にきざむあどけなさ。一句の中心は季題の桜餅ではなくてえくぼである。次に引眉毛の濃い粧りは夏やせの顔をややけわしく見せ、頬も色彩らぬつかね髪の年増女。之等の句ただ顔面のみを極力描き出している。

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笑みとけて寒紅つきし前歯かな   久女
鬢かくや春眠さめし眉重く   同
[#ここで字下げ終わり]

 寒紅の句は女性の美しい笑というものを取扱ったもので、笑みとけた朱唇と寒紅のついた美しい歯とが描かれてある。

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元ゆいかたき冬夜の髪に寝たりけり   みさ子
芥子まくや風にかわきし洗ひ髪   久女
[#ここで字下げ終わり]

等大正女流は髪そのものを主に詠出で、

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涼しさや髪ゆひなほす朝機嫌   りん女
日当りや白髪けづる菊の花   星布
[#ここで字下げ終わり]

 古の女流は、涼しさ、菊の日向の季感を濃く詠じている。

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ゆきあへばもつるる足や土手吹雪   和歌女
[#ここで字下げ終わり]

 (6)[#「(6)」は縦中横] 婦人の姿態をよめる句[#「婦人の姿態をよめる句」に傍点]
 大正女流はその姿態を大胆に描出し、自己表現の写生句を試みている。

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ぬかるみやうつむきとりし春着褄   和歌女
病み心地の母とよりそひ林檎むく   みさ子
紫陽花きるや袂くわへて起しつつ   久女
睡蓮や鬢に手あてて水鏡   同
白足袋や帯のかたさにこゞみはく   みどり
[#ここで字下げ終わり]

 病み心地の母により添い林檎をむく乙女心或は春着の褄をとり、或は水鏡し、金繍の帯のかたさにこごみつつ足袋をはく姿。紫陽花の重いまりを起しつつきらんとする女。かかる姿態のさまざまをよめる句も、繊細な写生練習の一つの方法であった。又動作を如実によめる句は、

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手にうけて盆提灯をたゝみけり   みさ子
片足づついざり草とる萩の前   汀女
[#ここで字下げ終わり]

 (7)[#「(7)」は縦中横] 婦人に関した材料をよめる句[#「婦人に関した材料をよめる句」に傍点]
 婦人にとって一番親しみぶかい着物の句は古今共頗る多い。元禄の園女は、中将姫の蓮のまんだらを見て、みずから織らぬ更衣を罪ふかしと感じ、或は衣更てはや膝に酒をこぼしけりと佗びしがり、時には汗や埃に汚れた旅衣を花の前に恥かしく思うと詠み、千代女は、「我裾の鳥もあそぶやきそはじめ」と我着物に愛着を感じ、玉藻集には

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風流やうらに絵をかく衣更   久女(大阪)
[#ここで字下げ終わり]

と風流がり、或は「風ながら衣にそめたき柳かな 芳樹」など伝統的な感じを女らしくよみ出ている。さて大正女流は、

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くずれ座す汝がまわりの春の帯   なみ女
花衣ずりおちたまる柱かな   和香女
花衣ぬぐやまつはる紐いろ/\   久女
[#ここで字下げ終わり]

 春帯をときすてて崩れる如く座っている女と、その周囲の帯との色彩を写生し、柱にぬぎかけた花衣が、衣のおもみにずりおちて柱のもとにたくなっている妖艶さ。花見から戻ってきた女が、花衣を一枚一枚はぎおとす時、腰にしめている色々の紐が、ぬぐ衣にまつわりつくのを小うるさい様な、又花を見てきた甘い疲れぎみもあって、その動作の印象と、複雑な色彩美を耽美的に大胆に言い放っている。それから婦人でなくては親しめぬ材料の簪櫛指輪などの句。

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ざら/\と櫛にありけり花埃   みどり
稲刈るや刈株にうく花簪   菊女
春泥に光り沈みし簪かな   かな女
簪のみさしかえて髪や夜桜に   みさ子
茄子もぐや日をてりかへす櫛の峰   久女
[#ここで字下げ終わり]

 一枚の櫛にざらざらうく花ぼこり。春泥にきらりとぬけおちて光り沈む銀簪。夜桜見にゆく乙女の簪。稲刈る女の花簪が刈株にういて引かかっている光景。いずれも女でなくては。

[#ここから2字下げ]
簪よ櫛よさて世はあつい事   花讃女
笄も櫛も昔やちり椿   羽紅女
麦秋や櫛さへもたぬ一在所   花讃女
[#ここで字下げ終わり]

 花讃女のとりすました悟りがましい主観の少し厭味らしき。羽紅女の剃髪した時の感慨ぶかさ。麦秋の一村落の、おおまかさに比し近代句はいずれも写実で光景を出している。

[#ここから2字下げ]
手袋ぬぐや指輪の玉のうすぐもり   静廼
ゆく春や珠いつぬけし手の指輪   久女
[#ここで字下げ終わり]

 (8)[#「(8)」は縦中横] 活動的描写[#「活動的描写」に傍点]
 此の時代の写生は殆どすべてが動的の写生句であるともいってよいが、

[#ここから2字下げ]
よりそへどとてもぬるるよ夕立傘   みどり
葉鶏頭のいだゞきおどる驟雨かな   久女
風あらく石鹸玉とぶ早さかな   すみ女
襟巻のとんで長しや橋の上   あふひ
[#ここで字下げ終わり]

の如き夕立の激しさ、風のつよさをも説明ぬきの刹那的写生で活かしている。

[#ここから2字下げ]
かるた札おどりおちけりはしご段   和香女
[#ここで字下げ終わり]

の如きも一枚のかるた札がはね飛ばされて梯子段を勢いよくおちてゆく瞬間の写生で有る。

[#ここから2字下げ]
打水やずんずんいくる紅の花   静廼
[#ここで字下げ終
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