大正女流俳句の近代的特色
杉田久女

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)夫等《それら》は

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「王+爰」、第3水準1−88−18]女

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)こま/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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     前期雑詠時代

 大正初期のホトトギス雑詠に於ける婦人俳句は、女らしい情緒の句が大部分であったが、大正七年頃より俄然、純客観写生にめざめ来り、幾多の女流を輩出して近代的特色ある写生句をうむに到った。実に大正初期雑詠時代は元禄以来の婦人俳句が伝統から一歩、写生へ突出した転換期である。

     一 近代生活思想をよめる句

 (1)[#「(1)」は縦中横] 近代生活をよめる句[#「近代生活をよめる句」に傍点]
 凡そ現代人ほど生活を愛し、生活に興味をもつ者は無い。昔の俳句にも接木とか麦蒔とか人事句は沢山あるが、夫等《それら》は人間を配合した季題の面白味を主としたもので、之に反し近代的な日常生活を中心におき、其真を把握する事に努力して、季感は副の感がある。

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(イ)[#「(イ)」は縦中横]電燈に笠の紫布垂れ朝寝かな   かな女
(ロ)[#「(ロ)」は縦中横]旅にえし消息のはし猫初産   より江
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 (イ)[#「(イ)」は縦中横]は電灯に紫の覆絹をかけて朝寝を享楽する現代人の句である。(ロ)[#「(ロ)」は縦中横]、旅宿で受取った留守宅からの消息の端に愛猫の初産を報じてきた事は、子のない作者にとってささやかな喜と感興をそそらずにはおかない。

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(ハ)[#「(ハ)」は縦中横]戯曲よむ冬夜の食器つけしまま   久女
(ニ)[#「(ニ)」は縦中横]幌にふる雪明るけれ二の替   みどり
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 汚れた食器は浸けたまま、戯曲を読み耽る冬夜の妻のくつろいだ心持。(ニ)[#「(ニ)」は縦中横]は近代文芸の一特色なる欧化と都会色。鋭敏な市人の感覚である。二の替を見にゆく道すがら、幌にふる明るい春雪。賑かな馬車のゆきかい。幌の中には盛装の女性が明るい得意な気分をのせて走らせている。行てには華かな芝居の色彩と享楽的な濃い幻想。これこそ華かな都会の情調の句である。

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(ホ)[#「(ホ)」は縦中横]三井銀行の扉の秋風をついて出し   静廼
(ヘ)[#「(ヘ)」は縦中横]雪をおとしてドサと着きけり丸善の荷   茅花
(ト)[#「(ト)」は縦中横]初鮭や部下のアイヌの兵士より   みどり
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 三井銀行の大建築の重い扉を押しあけて外へ出た刹那の感じを巧みにとらえている。(ヘ)[#「(ヘ)」は縦中横]は東京の丸善から北越の雪深い町へ或日とどいた荷物が、土間に雪をはらい落して配達されたと云う瞬間の光景を写生して、近代生活の一地方色を出している。初鮭の北海道らしい地方色。之等はいずれも事実を有るがままに切り取り来って写生した、近代生活の断片記録であり、自己観照からなる純客観句である。電灯戯曲手紙銀行人力車等も近代生活のうみ出した材料である。
 (2)[#「(2)」は縦中横] 近代風俗をよめる句[#「近代風俗をよめる句」に傍点]

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(イ)[#「(イ)」は縦中横]福引や花瓶の前の知事夫人   静廼女
(ロ)[#「(ロ)」は縦中横]雪道や降誕祭の窓明り   久女
(ハ)[#「(ハ)」は縦中横]水汲女に門坂急な避暑館   同
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 (イ)[#「(イ)」は縦中横]、新年宴会か何ぞの光景で、大花瓶を前の知事夫人を中心に笑いさざめく福引の興。
 (ロ)[#「(ロ)」は縦中横]はクリスマスの光景で、空にはナザレの夜の如く星が輝き会堂の明りが雪道にうつりそり[#「そり」に傍点]は鈴を鳴らして通る。かかる写実は確かに昔にない異国情趣である。(ハ)[#「(ハ)」は縦中横]は山荘がかった避暑館へ傭われた水汲女が急な門坂を汗しつつ、にない登る有様と階級意識。

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松の間の冬日にとまる電車かな   かな女
ストーブや棕櫚竹客の椅子にふれ   みどり
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 風景にさえ西欧趣味は浸みわたっている。絨毯をしきつめた応接間。赤くもゆる暖炉。飾鉢の棕櫚竹にふれる椅子の主客とモダンな談話に打興じる。

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種痘人の椅子をすべりし羽織かな   静廼
スイートピー蔓のばしたる置時計   かな女
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