等、椅子置時計の如き家具から草花、降誕祭、避暑の如き年中行事、種痘の如き、いずれも文化生活の背景をもった近代写生であるところに力強さがある。試みに左句を見よ。
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旅駕にまむきにくるや麦埃り 多代
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は広重風の街道をふりわけ荷を肩にし、或は駕で道中した頃の光景で、電車自動車と隔世の感がある。
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寒き世や行燈にさす針の音 花讃女
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此句もうすぐらい行灯時代の女性の忍苦服従一方の生活を思わせる。
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出代も頭巾でゆくや花の頃 園女
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元禄時代の華美な風俗を背景として味わうと、花の盛りの頃に、紫頭巾か何かでゆく出代り婢の姿さえ、何となく美しいものに感じられるが、久女の水汲女の生活にあえぐ姿は、激しい時代相を裏付けているのである。
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み簾さげて誰が妻ならん舟遊び 秋色
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の歌麿の美人画にでもありそうな優美さ。
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名月や乗物すゆる橋の上 星布女
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の風雅な昔めかしい風俗に反し、近代女流の句はもっと真実味のこもった生活相を色濃く写生している。
(3)[#「(3)」は縦中横] 近代思想をよめる句[#「近代思想をよめる句」に傍点]
近代女性である彼女らはまた大胆に自由に思想感情を吐露している。
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乳ふくます事にのみ我春ぞゆく 静廼
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我児に乳ふくませ、家事に没頭して暮す人妻。自己にめざめ個性の成長を願う現代人の思想は、花の色はうつりにけりなと、我容色のおとろえをなげいた小町の歌より幾分理智的である。
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短夜や乳ぜり泣く児を須可捨焉乎《ステツチマオカ》 静廼
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乳たらずか或はひよわ児か。火の様に乳責りなく児を、短夜の母は寝もやらで、もてあまし、はてはいっそ捨っちまおうかとさえいらいらする母の焦慮と当惑とを、須可捨焉乎という言葉で現わしているのは甘《うま》いと思う。
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寒風に葱ぬく我に絃歌やめ 久女
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向うの料亭からは賑かな絃歌のさざめきが遊蕩気分を漲らしてくる。赤い灯がつく。こなたには寒風にさらされつつ葱をぬき急く女のうら淋しさ暗さ。葱ぬく我に絃歌やめよ! とは、絶えざる環境の圧迫にしいたげられる者の悲痛な叫びである。遊び楽しむ明るい群れと、苦しむ者の対比。之ぞ近代世相の二方面であろう。須可捨焉乎、絃歌やめ等、かかる幽うつ、激しさを何等の修飾なしに投げ出しているところ、近代句としても、之等は、特異な境をよめる句である。
又、近代人は兎角興奮し易い。従って所謂女らしくない中性句、感想解放の句を見る。
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風邪ぎみの働らくいやな日向ぼこ みどり
滝見人に水魔狂ひおつ影見しか 静廼
熱の目に太りぼやけぬ鉢金魚 和香女
人憎む我目けはしき秋鏡 ※[#「王+爰」、第3水準1−88−18]女
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等病的神経、憎み憤り、幻影を奔放に言い現する事は、昔の女流俳人には絶無といってよい位である。大正初期のかな女、より江、兼女、何女らの女らしい句に比しても、前期雑詠の女流達は、女らしさつつましさから一歩、自由な全自我をもて芸術に奉仕している。
(4)[#「(4)」は縦中横] 小説的な句[#「小説的な句」に傍点]
近代俳句の一つの傾向は、人生の断片を小説戯曲化している事である。
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霜におくりて手も相ふれで別れけり より江
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霜の夜道を互に黙々と手さえふれあわで、送り送らるる男と女。何となく燃えしぶった白けた心持で、其儘別れて始末《しま》ったという、別れる迄の小説的な事実。
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カルタ切れどよき占も出ず春の宵 より江
呪ふ人はすきな人なり紅芙蓉 かな女
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春宵美しいびろど張の椅子に一人の女が、カルタの札を白い指で弄びつつ人待顔に、ひとり占をしている。ドアがあく。小間使が一通の手紙をもってはいってくる。よき占も出ず……小説的な運命の展開……。芙蓉の句。三角関係か夫婦か、兎も角も呪わしく思いこんでいる人がある。けれど逢えば好きなんだと親しみを感じる。そのすぐ下から又蛇の如くからみあう執念さ、呪、疑惑。複雑した短篇物の一シーンである。
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花疲れ卓に肱なげ料理注文 みどり
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レストランか何ぞの一室、花見疲れ
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