期の句で之も芋のせい籠にくる蝶の長閑さを主としている。所が花大根の句に到ると、ただ純白の花の上に今し漆黒な蝶が翅をあげてとまった、その動中の一ポイントを捉まえ、一瞬間の姿を活動的に描いた点が新らしい写生句である。次の凍蝶と病蝶とを対比するに凍て蝶が散りしく葉桜の霜に横わっている光景よりも桜の霜を身の終りとして凍ったという作者の蝶をいたむ主観が勝っている。一方のは石上に翅を平らにして、もはや飛ぶ力もない病蝶をじっと凝視している。病蝶に対する何らの主観も読まず、只目に映じる色彩、形、実在の真を明確に描写せんと努力するのみである。秋蝶の句は漆黒にうすれた秋蝶の性質を写す。
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灯取虫うづまくと見し目に花一輪 あふひ
灯におぢて鳴かず広葉の虫の髭 せん女
盃をとりやる中や灯取虫 多代女
月代や時雨の中の虫の声 千代女
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灯取虫が灯の周囲をめまぐるしく渦巻くよと見ている目に、赤い花一輪が映ったという瞬間的写生で、中七字に近代的特色を見る。動かぬ広葉の虫の髭に目をとめる写生句。之を、灯取虫に盃のやりとりを配し、時雨の中の虫時雨を月代に配せる昔の情景句に比して近代句は動的であり精緻をきわめている。
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葡萄粒をわたりくねれる毛虫かな あふひ
怒り蛇の身ほそく立ちし赤さかな 同
白豚や秋日にすいて耳血色 久女
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美しい葡萄粒を這いくねる毛虫。鎌首をあげ身細く怒り立つ蛇の赤さ、秋日にすきとおる白豚の耳の真紅色。従来醜しと怖れられ、厭われた動物をも凝視し忠実にそのものの特質、詩美を見出そうとつとめている。
(4)[#「(4)」は縦中横] 静物写生[#「静物写生」に傍点]
一個の林檎なり花なりの色彩形襞陰影等、事物の真に感興をもって、繊細如実に描出するのが前期時代静物写生である。
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いたゞきにぼやけし実やな枯芙蓉 みさ子
大輪のあと莟なし冬のばら 同
白萩のこま/\こぼれつくしけり せん女
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枯芙蓉のいただきがぼやけている実。冬ばらの大輪が咲いたあとに莟もない事を見出し、白萩のこまこまと散りしいた有様、之らは久しく花なり実なりを忠実に観察し初めて読み出でた句であって、他に何らの景物もなく一本の枯芙蓉、大輪の冬ばら、それぞれの性質を描き分けている。
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水嵩に車はげしや藤の花 多代女
うきことに馴れて雪間の嫁菜かな すて女
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多代女は、水嵩に水車が激しくめぐっている山川らしい風景。すて女は女性の苦労にたゆる辛棒づよさを雪間の嫁菜にふくませてよみ、藤、嫁菜は一幅の景なり、一句の主観を表現する一つの手段として取扱われている所、大正写生と異る。
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茸城や連り走る茸の傘 操女
松茸や地をかぎ歩く寺の犬 星布
初茸の香にふり出す小雨かな 智月
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元禄の句、初茸は目にうつり来ず、小雨のふり出した茸山の感じをよみ、天明のは、地をかぎ歩るく寺の犬をつれ出して、茸狩の光景を描写し、大正の操女は、連り走る如く大小の茸が傘をならべてむれ生えている茸城を目に見る如く印象的に写生して、俳画の如き面白味を見せている。
(5)[#「(5)」は縦中横] 人体の部分写生[#「人体の部分写生」に傍点]
レオナルド・ダ・ヴィンチの名画、モナリザの永遠の謎の微笑を、唇、額、目という風に部分的にひきのばし研究した写真をかつて私は見た。その部分部分は美の極致をつくし、その綜合した顔面は何人も模倣し能わぬ千古の謎のほほえみを形成するのであった。
大正女流俳句も亦、人体の部分写生をしている。而もこれを綜合して永遠の謎の微笑の美しさをのこすや否やは未知数に属するが、かかる人体の部分的写生は昔に見ない所である。
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桜餅ふくみえくぼや話しあく みさ子
夏瘠や粧り濃すぎし引眉毛 和香女
夏瘠や頬もいろどらず束ね髪 久女
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桜餅をふくみ靨《えくぼ》を頬にきざむあどけなさ。一句の中心は季題の桜餅ではなくてえくぼである。次に引眉毛の濃い粧りは夏やせの顔をややけわしく見せ、頬も色彩らぬつかね髪の年増女。之等の句ただ顔面のみを極力描き出している。
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笑みとけて寒紅つきし前歯かな 久女
鬢かくや春眠さめし眉重く 同
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寒紅の句は女性の美しい笑というものを取扱ったもので、笑みとけた朱唇と寒紅のついた美しい歯とが描かれてある。
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元ゆいかたき冬夜の髪に寝たり
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