を漲らしてくる。赤い灯がつく。こなたには寒風にさらされつつ葱をぬき急く女のうら淋しさ暗さ。葱ぬく我に絃歌やめよ! とは、絶えざる環境の圧迫にしいたげられる者の悲痛な叫びである。遊び楽しむ明るい群れと、苦しむ者の対比。之ぞ近代世相の二方面であろう。須可捨焉乎、絃歌やめ等、かかる幽うつ、激しさを何等の修飾なしに投げ出しているところ、近代句としても、之等は、特異な境をよめる句である。
又、近代人は兎角興奮し易い。従って所謂女らしくない中性句、感想解放の句を見る。
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風邪ぎみの働らくいやな日向ぼこ みどり
滝見人に水魔狂ひおつ影見しか 静廼
熱の目に太りぼやけぬ鉢金魚 和香女
人憎む我目けはしき秋鏡 ※[#「王+爰」、第3水準1−88−18]女
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等病的神経、憎み憤り、幻影を奔放に言い現する事は、昔の女流俳人には絶無といってよい位である。大正初期のかな女、より江、兼女、何女らの女らしい句に比しても、前期雑詠の女流達は、女らしさつつましさから一歩、自由な全自我をもて芸術に奉仕している。
(4)[#「(4)」は縦中横] 小説的な句[#「小説的な句」に傍点]
近代俳句の一つの傾向は、人生の断片を小説戯曲化している事である。
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霜におくりて手も相ふれで別れけり より江
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霜の夜道を互に黙々と手さえふれあわで、送り送らるる男と女。何となく燃えしぶった白けた心持で、其儘別れて始末《しま》ったという、別れる迄の小説的な事実。
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カルタ切れどよき占も出ず春の宵 より江
呪ふ人はすきな人なり紅芙蓉 かな女
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春宵美しいびろど張の椅子に一人の女が、カルタの札を白い指で弄びつつ人待顔に、ひとり占をしている。ドアがあく。小間使が一通の手紙をもってはいってくる。よき占も出ず……小説的な運命の展開……。芙蓉の句。三角関係か夫婦か、兎も角も呪わしく思いこんでいる人がある。けれど逢えば好きなんだと親しみを感じる。そのすぐ下から又蛇の如くからみあう執念さ、呪、疑惑。複雑した短篇物の一シーンである。
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花疲れ卓に肱なげ料理注文 みどり
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レストランか何ぞの一室、花見疲れ
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