の女が豊満な肱をテーブルに投げ出し、注文した料理を待っている。カーテンの透間から花埃がザラザラ吹きこみ、見下ろす町は灯り、電車が織る。白粉をこくぬった給仕女のしな[#「しな」に傍点]、女と男との対話等のけだるさ悩ましさが交錯した春夕の一幕物の場面とも見ゆる。

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足袋つぐやノラともならず教師妻   久女
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 前の句の明るく享楽的なのに比し此句はくすぶりきった田舎教師の生活を背景としている。暗い灯を吊りおろして古足袋をついでいる彼女の顔は生活にやつれ、瞳はすでに若さを失っている。過渡期のめざめた妻は、色々な悩み、矛盾に包まれつつ尚、伝統と子とを断ちきれず、ただ忍苦と諦観の道をどこ迄もふみしめてゆく。人形の家のノラともならず[#「ノラともならず」に傍点]の中七に苦悩のかげこくひそめている此句は、婦人問題や色々のテーマをもつ社会劇の縮図である。乳責りなく児、葱ぬく我、足袋つぐ妻の句は作者の境遇がうみ出した生活の為めの作句である。世紀末の幽うつ、悩ましさ逃れがたい運命観をさえ裏付けているが、同じ生活境遇のうみ出した句でも、二の替、カルタ、花疲れ等の句は、近代生活の明るさ華やかさ気分等を取扱って、明らかに思想生活の明暗二方面を描き出している。

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お手打の夫婦なりしを衣更   蕪村
あるほどの伊達しつくして紙衣かな   園女
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など、昔の戯曲的な中にも太平のゆとりある句に比較して、著しい時代の差異を見る。切迫強烈深刻は近代のものである。

     二 近代写生の特色

 (1)[#「(1)」は縦中横] 複雑繊細な写生句[#「複雑繊細な写生句」に傍点]
 写生の進歩は次第に複雑繊細。写生それ自身に価値をおく様な句が殖えてきた。事物の真の実在を凝視し、力づよく明確に写す事に努力し、従って余韻とかゆとりに乏しい。

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(イ)[#「(イ)」は縦中横]うすものかけし屏風に透きて歌麿絵   みどり
(ロ)[#「(ロ)」は縦中横]枯柳に来し鳥吹かれ飛びにけり   久女
(ハ)[#「(ハ)」は縦中横]せり上げの菊人形やゆらぎつつ   妙子
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 (イ)[#「(イ)」は縦中横]、屏風に打かけた薄物をすけて歌麿の美人画がまざまざと美しく透き見ゆる、という
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