かしく感じられる。朝夕遠山の木の間に眺めくらした桜もいつしか散ってしまい嫩葉の色がもえ出した晩春の眺め。いずれも山桜の特性を写した句で、りん女の句より、ずっと感じが深い。元禄天明の古句が、山桜に他のものを配して一句を構成しているのに比し近代の此二句はただ山桜そのものの美しさなり実相を写生しているところに、差違がある。

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木樵より他に人なし遅桜  多代女
みささぎや松の木の間の遅桜  砧女
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 多代女の句にはまだ一幅の絵としても描き足らぬ力弱さがあるが。一方山陵の多いい堺地方にすむ作者は、翠岱の木の間をつづる遅桜を描いて、晩春の詣でる人も少いみささぎの森厳な空気をよく出している。

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逢坂の関ふきもどせ花の風  すて女
女とていかにあなどる花の風  簪
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 簪はたしか遊女だった様記憶する。女とていかにあなどる[#「女とていかにあなどる」に傍点]という所。圧迫されつづけた封建時代の、しかも特殊階級の籠の鳥たる日頃のうっぷんが此句に迸しっている。花風に裳をけ返しつつからかい気味の好き者共を尻目に
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