そにぬぎもそろわぬ草履は、奥ふかくは入った美しい人を偲ばしめ、夕風にちりくる花をあびつつそぞろに襟をかきあわし佇む女、返り文をかく間、文使をまたせて、桜を折らせている元禄女の恋ごころ等。いずれも撫で肩細腰の楚々とした歌麿顔の女性をおもわしめる。
之等の句中には、いま昔を超越した、女らしさがあって、初版の上品な江戸絵を見る如きなつかしさ、美しさ古めかしさを覚えるのである。
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花冷や夕影の中渡し舟 輝女
月のよの桜に蝶の朝寝[#「朝寝」に傍点]かな 千代女
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加賀の千代の句、下五字に擬人的作意があって、月下の桜の美を却って曇らせているに比し、近代句の方。花冷と上に置いて、夕桜のましろく、沈潜した美しさをまず描き、その冷やかな花影が川水にうつり、辺りの雑沓もしずまっている夕まぐれ。渡舟の棹す度に、水輪のひろごりが、静かに花形をゆり乱す所まで夕影中の渡し舟[#「夕影中の渡し舟」に傍点]という十二字にあふれ匂っている。夕影を夕日影と解さず私は花の夕影、と目にうったえて解釈した。
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満天の星をかづける桜かな 秋琴女
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