つく花見疲れの片手。共に近代人ならではえがき得ぬ情景なり気分なりの細やかさ。
女らしい感情をぬきにした中性句にも勿論価値はあるが、女性としての真の佳句は、やはり女として匂いの高い句である様に思う。ことに百花の女王たる桜のうるわしさを称えるには。
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うたゝねやめさめて畳む花衣 波留女
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十二単の昔から元禄の花見小袖にいたるまで、日本女性のキモノはいともうるわしい。ことに桜のかげを逍遙し、花をめづるには、曲線のしなやかな花衣こそ最もふさわしいもの。
此句、うたたねからめさめて、ぬぎすてた花衣を畳む、女性の黒髪にも、まだ花びらのひと片や二ひら残っていそうにも思われ、花衣の色どりも匂やかに偲ばれる。
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夜桜を見てきて雨となりにけり 三千女
欄干に夜ちる花の立ち姿 羽紅
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元禄の羽紅の句。前書によって、光源氏の君が、落花のちりこむ高欄のほとりに佇んで、朧月夜の内侍の許へ忍ぼうとしてでもいるかの絵姿を思い浮かべるのであるが、余りに美しい絵そら事よりは、事柄は平凡でも、京の夜桜を見てきて雨となったという、静かなうるおいのある現代句の方に、親しみを覚えるのである。而し羽紅の句は、確かに才はじけた、美しい元禄の佳句である、と思わるる。
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花少し散つて晴れけり朝曇り 多代女
初花や一木の中の晴れ曇り 同
花に月どこからもれて膝の上 同
さ筵に這ひ習ふ子や花のかげ 同
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多代女の之等の句は近代写生の中へ交ぜても、さして遜色ないと思う。此人は奥羽にすみ、元禄の秋色や千代に比して世間的名声はじみであるが、其句集を見ると、中々かっちりした、佳句が沢山ある。天明の女流中では有数の作家である。
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暁や桜がもとの捨火燭 星布女
あさぼらけ霞にしづむ桜かな あふひ
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榎本星布女は天明第一の女流。あふひ夫人は大正初期から、かな女氏につぐ老練な作家。共にあけぼのの桜を題材として、片方は次第次第に明けしらみゆく花をうたい、他方はなおもこ[#「もこ」に傍点]として霞になずむ桜花をたたえて共に清楚な句境である。星布の力づよい句風よく近代女流俳句の塁をますに足る。
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