と彼に相談し初めた。
二三日して彼は郊外にある遠野の画室を訪ねた。明るい光線の満ちた部屋の中に、いつの間に成されたのか新しい制作が幾つも並べられてゐた。それを見てゐると道助は急に自分の影が薄れて行くやうな苛《いら》だたしさを覚えた。
「君、これは光線の具合だらうか、」と遠野が這入《はい》つて来るなり彼の顔を凝視して云つた、「どうも君の顔が変つたやうな気がする。」そして彼は画室の隅に立てかけてある、八分通り出来上つた道助の肖像画の方へ振り返つた。
「どうしてだらう、あれを描いて呉れてた時分からまだ半月も経たないよ、」と道助が微笑《ほゝゑ》みながら答へた。すると遠野は急に道助の肩を揺すつて
「あゝ君は幸福過ぎるんだ。」と叫んだ。
「君は大変な人相屋だ。」と道助は皮肉な気持ちで答へた。遠野は故意《わざ》とお道化《どけ》た風に点頭《うなづ》きつゝ棚から口の短いキュラソウの壺を取り下ろした、そしてそれを道助の洋盃《グラス》へ酌《つ》ぎながら
「兎も角君も落ちついたと云ふものだ。」と云つた。それは、その頃まで道助の周囲を取り捲《ま》いてゐた空気の明暗をよく呑込んだ言葉だつた。然しそれを聞くと、道
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