助は却《かへ》つて自分の気持ちが妙に硬《こは》ばるのを感じた。で彼は窓の外へ眼をやつた。
「何か感想がありさうなものだな、」と遠野は笑ひながら云つた。
「話さうと思へば無くもないさ、然しそんなことは馬鹿げてる。」と道助は呟《つぶや》くやうに答へた。
「その馬鹿げたことを訊いてるのさ。」と遠野が今度は椅子の上に反り返つてのびをしながら云つた。そしてすぐに彼は「実際、面白いことはさう沢山無いよ。」と附け足した。その調子が可笑《をか》しくて道助は思はず噴き出した。それに連れて遠野もお腹を抱へた。
するとその彼等の声に応じるかのやうに扉を叩《ノック》する音が静かに響いて来た。道助は立ち上つた。
「いゝんだよ。」と云ひつゝ遠野はまたキュラソウの壺を取り上げた「でどうだ。あの鳥は?」
「あゝ失敬、彼女が大変喜んでゐるよ。退屈なものだから。それでね、是非一度君を招待しろと云ふんだ。」
「あゝその使ひに来てくれたのか、ありがたう、ゆくよ、奥さんにも逢つとかなくちやね。」
その時、劇《はげ》しく扉が明け放たれた。そして濃い空色のショウルを自暴《やけ》に手首に巻きつけたモデルのとみ子がつと這入《はい》つて来た。彼女は片手に持つてゐた花束を乱暴に床の上に投げ出して、どんとぶつかるやうに遠野の肩に凭《もた》れかゝつた。
「どの奥さんに逢ひにゆくのよ。」そして手を伸ばして遠野の前にある洋盃《グラス》を取り上げた。
二
「この紳士の奥さんさ。呑んだくれのトムミイ、」さう云ひつゝ遠野は静かに彼女の洋盃へキュラソウを酌いでやつた。
「あら、ご免なさい。」彼女はさう云つてちよつと道助の方へ頭を下げた。
「そして綺麗な方?」
「君のやうにね。」と少し酔が廻つて来た道助が口を挾《はさ》んだ。
「おや、ご挨拶ですこと。でもお大事になさるんでせうね。」
「それはもちろん、」
彼女はちらと揶揄《からか》ふやうな視線を遠野に向けた。遠野がすぐに云つた。
「然し君のやうに此麼《こんな》にぶく/\ぢやないんだとさ。」そして彼は真白な彼女の腕首をびしりと叩いた。
「ぢや古典派だ、流行《はや》らないのよ。」さう云ひつゝ彼女はちよつと遠野を睨《にら》まへた。彼等は噴きだした。
「君は何派だい。」と道助は訊《たづ》ねた。
「妾《あたし》や未来派さ。」と故意《わざ》と取り澄まして答へながら、彼女は遠野の膝
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