ょうぞう》を業としていた。住居《すまい》から五町ほどいった浜辺に酒倉がある。小学校を出ると、弟は、父の意志で、それへ毎日やらされることとなった。彼はそこで新しい酒樽の木の香を嗅いだり、褌《ふんどし》一つで、火の入った酒の焚《た》き出しを手伝ったりした。彼の肉体にはぐんぐん力がはいってきた。そして真白なその肌は、そこに働いている男たちの評判になった。
 歌津子は県立の女学校へ通っていた。学校でやった縫物を持ってきたり、リーダを抱えて兄の部屋へはいってゆくことがたびたびあった。弟は時おり彼らの会話に耳をすました。それから探るように彼女の眼を見た。彼女の物を言う時の口つきとか柔かい膨《ふく》らみを示した手とか、彼女から発するあらゆる微細な表情がいちいち彼を懼《おそ》れしめるようになった。彼はこっそりと教会へ通った。
 ある夏の夕方、三人はテンマに乗って海へ出た。弟が櫂《かい》を握っていた。兄と彼女とが並んで彼の方を向いて掛けていた。艪臍《ろべそ》の鳴る音と胴が波を噛む音とに遮《さえぎ》られて、彼らの会話は弟の耳へは達しなかった。しかし弟は、白暮の冷い光りの中に浮びでている二つの顔に、じいっと
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