》げた、弟は納屋《なや》の蔭に退いて、その板塀に凭《もた》れながら、蒼《あお》く澄んだ空へ抜けるほどの声で一から五十まで数を算《かぞ》え初めた。その間に小さな駈落者らは、大忙《おおいそ》ぎで裏庭の雑草を踏み越えて、そこに立っている無花果《いちじゅく》の樹に攀《よ》じ登った。
 五十が切れると鬼が納屋の蔭から駈けだしてきた。彼は微風に光り動いている雑草の上に眼をやって、しばらくぼんやりと立ちつくしていた。
 ふと青い無花果が飛んできて彼の足もとに落ちた。彼が見上げると、向うの樹の上からどっと歓声が起った。兄と彼女とが同じ枝に止って、真白な口ばたに無花果の実の汁をつけて、笑っているのだった。弟はその下へ駈けよった。
「おいで。無花果進上。」と兄が言った。
「そうよ。無花果進上。」と彼女も言った。
 弟は樹の幹に手をかけて振り仰いで、彼らを睨《にら》まえた。その時、弟は兄の頬に、何かが止っているのに気がついた。葉越しの太陽の光りが、彼らの白い皮膚の上に、もろもろとした斑点を写しているので見分けにくいが、じいっと眸《ひとみ》を凝《こ》らすと、大きな蜘蛛《くも》が、脚をいっぱいに伸して、奇怪な文
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