ている教師も生徒も愕然《がくぜん》として顔色を変えた。「下りろ、下りろ。」と教師が甲高《かんだか》に言った。兄はそれにはかまわずにも一度梁木の上に立ち上った。そして今度は五寸ぐらいずつ小刻みに丹念に歩いていった。下の人たちは笑いながら蒼くなってそれを看守《みまも》った。
兄が渡りきって下りてくると、教師が「ばか」と言った。そして兄は残りの時間じゅう、梁木の下に立たされたのだという。
兄は一言もそれを家の者に話さなかった。弟は兄にある懼《おそ》れをさえ抱き初めた。
弟は歌津子といっしょに小学校に通っていた。雨の日は同じ傘で帰ったり、お天気には月見草や手鎖りや草笛に誘われていっしょに道草を食ったり、それからもちろん意地の悪い友だちの冷評と楽書きの的となったりしつつ彼らは毎日愉快であった。
彼女も兄に対してはもうある距離を感じていた。そうして学校から帰ってきて、復習をしてもらうために、弟とともに兄の机の前に坐る時にも、ともすると救いを求めるように弟の方へ微笑《ほほえ》みかけて、兄に向っては、以前ほどはっきりと口を利《き》かなくなってしまった。
三
杉家は酒の醸造《じょうぞう》を業としていた。住居《すまい》から五町ほどいった浜辺に酒倉がある。小学校を出ると、弟は、父の意志で、それへ毎日やらされることとなった。彼はそこで新しい酒樽の木の香を嗅いだり、褌《ふんどし》一つで、火の入った酒の焚《た》き出しを手伝ったりした。彼の肉体にはぐんぐん力がはいってきた。そして真白なその肌は、そこに働いている男たちの評判になった。
歌津子は県立の女学校へ通っていた。学校でやった縫物を持ってきたり、リーダを抱えて兄の部屋へはいってゆくことがたびたびあった。弟は時おり彼らの会話に耳をすました。それから探るように彼女の眼を見た。彼女の物を言う時の口つきとか柔かい膨《ふく》らみを示した手とか、彼女から発するあらゆる微細な表情がいちいち彼を懼《おそ》れしめるようになった。彼はこっそりと教会へ通った。
ある夏の夕方、三人はテンマに乗って海へ出た。弟が櫂《かい》を握っていた。兄と彼女とが並んで彼の方を向いて掛けていた。艪臍《ろべそ》の鳴る音と胴が波を噛む音とに遮《さえぎ》られて、彼らの会話は弟の耳へは達しなかった。しかし弟は、白暮の冷い光りの中に浮びでている二つの顔に、じいっと
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