じて例の香魚鮨を買はんとすると、チョールヌイ君も私にもといふ。君、鮨といふものは醋につけた魚を背負つた米の飯だよといふと、チョールヌイ君おゝといつて驚いて出した手を引込ます。予の分を裾分けしやうとしたが、先生首を掉つてどうしても食はなかつた。
 やがて更行くまゝにそこらに鼾声グウ/\と起る。首をグタリと曲げダラシなく羽目に凭れた寝姿も余りみつとも好いものでない。況や涎を垂らす日になると、目も当てられないが、憎むべきは二人詰のソファー式ベンチを一人で占領して肱掛を枕に心地よさゝうに眠入りながら、時々首を挙げて寐惚声に首が痛くて眠られぬといふ奴等だ。
 チョールヌイ君寐むさうな欠をして曰く日本は厭な処だと、余驚いて振向くと、透かさず汽車で寝られんと言足す。余いふ四円お出しなさい、いつも楽に寝られると、先生一寸首を縮め黙つて両手を開く。
 負惜しみをいふやうなものゝ、余も実は同感だつた。何しろ出発前のドサクサに三晩といふもの碌に寝なかつたから、少々寐むたい。頻りに生欠びが出る。チョールヌイ君はいつか黙つて首を垂れて大柄が切りに余にもたれ掛つて来る。勢ひ此方からも凭れ気味にせぬと、釣合が取れぬ
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