驕B雪江さんが其を明けて呉れたので、少し明るくなったから、尚お能《よ》く視廻《みまわ》すと、壁は元来何色だったか分らんが、今の所では濁黒《どすぐろ》い変な色で、一ヵ所|壊《くず》れを取繕《とりつくろ》った痕《あと》が目立って黄ろい球《たま》を描いて、人魂《ひとだま》のように尾を曳いている。無論一体に疵《きず》だらけで処々《ところどころ》鉛筆の落書の痕《あと》を留《とど》めて、腰張の新聞紙の剥《めく》れた蔭から隠した大疵《おおきず》が窃《そっ》と面《かお》を出している。天井を仰向《あおむ》いて視ると、彼方此方《あちこち》の雨漏りの暈《ぼか》したような染《しみ》が化物めいた模様になって浮出していて、何だか気味《きび》の悪いような部屋だ。
「何時《いつ》の間にか掃除したんだよ。それでも奇麗になったわ」、と雪江さんは部屋の中を視廻《みまわ》していたが、ふと片隅に積んであった私の荷物に目を留て、「貴方《あなた》の荷物って是れ?」と、臆面もなく人の面《かお》を視る。
 私は狼狽《あわ》てて壁を視詰《みつめ》て、
「然うです。」
「机がないわねえ。私《あたし》ン所《とこ》に明いてるのが有るから、貸て上《あげ》ましょうか?」
「なに、好《い》いです明日《あした》買って来るから」、と矢張《やっぱり》壁を視詰《みつ》めた儘で。
「私《あたし》要らないンだから、使っても好くってよ。」
「なに、好《い》いです、買って来るから。」
「本当《ほんと》に好くってよ、然う遠慮しないでも。今持って来てよ」、と蝶の舞うように翻然《ひらり》と身を翻《かえ》して、部屋を出て、姿は直ぐ見えなくなったが、其処らで若い華やかな声で、「其代り小さくッてよ」、というのが聞えて、軽い足音がパタパタと椽側を行く。
 私は荷物の始末を忘れて、雪江さんの出て行った跡《あと》をうっかり見ていた。事に寄ると、口を開《あ》いていたかも知れぬ。

          二十九

 荷物を解《ほど》いていると、雪江さんが果して机を持って来て呉れた。成程小さい――が、折角の志《こころざし》を無にするも何だから、借りて置く事にして、礼をいって窓下《まどした》に据えると、雪江さんが、それよか入口の方が明るくッて好かろうという。入口では出入《ではい》りの邪魔になると思ったけれど、折角の助言《じょごん》を聴かぬのも何だから、言う通りに据直《すえなお》すと、雪江さんが、矢張《やっぱり》窓の下の方が好《い》いという。で、矢張《やっぱり》窓の下の方へ据えた。
 早速私が書物を出して机の側《そば》に積むのを見て、雪江さんが、
「本箱も無かったわねえ。私《あたし》ン所《とこ》に|二つ《ふたツ》有るけど、皆《みンな》塞《ふさ》がってて、貸して上げられないわ。」
「なに、買って来るから、好《い》いです。」
「そんならね、晩に勧工場《かんこうば》で買ってらッしゃいな。」
「え?」と私は聞直した、――勧工場《かんこうば》というものは其時分まだ国には無かったから。
「小川町《おがわまち》の勧工場《かんこうば》で。」
「勧工場《かんこうば》ッて?」
「あら、勧工場《かんこうば》を知らないの? まあ! ……」
 と雪江さんは吃驚《びッくり》した面《かお》をして、突然破裂したように笑い出した。娘というものは壺口《つぼくち》をして、気取って、オホホと笑うものとばかり思ってる人は訂正なさい。雪江さんは娘だけれど、口を一杯に開《あ》いて、アハハアハハと笑うのだ。初め一寸《ちょっと》仰向《あおむ》いて笑って、それから俯向《うつむ》いて、身を揉《も》んで、胸を叩いて苦しがって笑うのだ。私は真紅《まっか》になって黙っていた。
 先刻《さっき》取次に出た女は其後《そのご》漸く下女と感付いたが、此時障子の蔭からヒョコリお亀のような笑顔《えがお》を出して、
「何を其様《そんな》に笑ってらッしゃるの?」
「だって……アハハハハ! ……古屋さんが……アハハハ! ……」
「あら、一寸《ちょっと》、此方《このかた》が如何《どう》かなすったの?」
 無礼者奴《ぶれいものめ》がズカズカ部屋へ入って来た、而《そう》して雪江さんの笑いが止らないで、些《ちっ》とも要領を得ない癖に、訳も分らずに、一緒になってゲラゲラ笑う。
 其時ガラガラという車の音が門前に止って、ガラッと門が開《あ》くと同時に、大きな声で、威勢よく、
「お帰りッ!」
 形勢は頓《とみ》に一変した。下女は急に真面目になって、雪江さんを棄てて置いて、急いで出て行く。
 雪江さんもまだ可笑《おかし》がりながら泪《なみだ》を拭《ふ》き拭き、それでも大《おおい》に落着いて後《あと》から出て行く。
 主人の帰りとは私にも覚《さと》れたから、急いで起《た》ち上って……窃《こっ》そり窓から覗いて見た。
 帰った人は丁度|潜《くぐ》りを潜る所で、まず黒の山高帽がヌッと入って、続いて縞のズボンに靴の先がチラリと見えたかと思うと、渋紙色した髭面《ひげつら》が勃然《むッくり》仰向《あおむ》いたから、急いで首を引込《ひッこ》めたけれど、間に合わなかった。見附かッちゃッた。
 お帰り遊ばせお帰り遊ばせ、と口々に喋々《ちょうちょう》しく言う声が玄関でした。奥様――も何だか変だ、雪江さんの阿母《かあ》さんの声で何か言うと、ふう、そうか、ふうふう、という声は主人に違いない。私の話に違いない。
 悪い事をした、窓からなんぞ覗くんじゃなかったと、閉口している所へ下女が呼びに来て、愈《いよいよ》閉口したが、仕方がない。どうせ志を立てて郷関を出た男児だ、人間到る処で極《きま》りの悪い想いする、と腹を据えて奥へ行って見ると、もう帰った人は和服に着易《きか》えて、曾て雪江さんの阿母《かあ》さんが占領していた厚蒲団に坐っている。私は誰でも逢いつけぬ人に逢うと、屹度《きっと》真紅《まっか》になる癖がある。で、此時も真紅《まっか》になって、一度国で逢った人だから、久濶《しばらく》といって例の通り倒さになると、先方は心持首を動かして、若し声に腰が有るなら、その腰と思う辺《あたり》に力を入れて、「はい」という。父も母も宜しく申しましたというと、又「はい」という。何卒《どうぞ》何分願いますというと、一段声を張揚《はりあ》げて、「はアい」という。

          三十

 晩餐になって、其晩だけは私も奥で馳走になった。花模様の丸ボヤの洋灯《ランプ》の下《もと》で、隅ではあったが、皆と一つ食卓に対《むか》い、若い雪江さんの罪の無い話を聴きながら、阿父《とう》さん阿母《かあ》さんの莞爾々々《にこにこ》した面《かお》を見て、賑《にぎや》かに食事して、私も何だか嬉しかったが……
 軈《やが》て食事が済むと、阿父《とう》さんが又主人になって、私に対《むか》って徐々《そろそろ》小むずかしい話を始めた。何でも物価|高直《こうじき》の折柄《おりから》、私の入《いれ》る食料では到底《とて》も賄《まかな》い切れぬけれど、外ならぬ阿父《おとっ》さんの達《たっ》ての頼みであるに因って、不足の処は自分の方で如何《どう》にかする決心で、謂わば義侠心で引受けたのであれば、他《ほか》の学資の十分な書生のように、悠長な考えでいてはならぬ、何でも苦学すると思って辛抱して、品行を慎むは勿論、勉強も人一倍するようにという話で、聴いていても面白くも変哲もない話だから、雪江さんは話半《はなしなかば》に小さな欠《あく》びを一つして、起《た》って何処へか行って了った。私は少し本意《ほい》なかったが、やがて奥まった処で琴の音《ね》がする。雪江さんに違いない。雪江さんはまだ習い初めだと見えて、琴の音色は何だかボコン、ボコン、ベコン、ボコンというように聞えて妙だったけれど、私は鳴物は大好だ。何時《いつ》聴いても悪くないと思った。
 で、遠音《とおね》に雪江さんの琴を聴きながら、主人の勘定高い話を聴いていると、琴の音が食料に搦《から》んだり、小遣に離れたりして、六円がボコン、三円でベコンというように聞えて、何だか変で、話も能《よ》く分らなかったが、分らぬ中《うち》に話は進んで、
「で、家《うち》も下女一人|外《ほか》使うて居らん。手不足じゃ。手不足の処《とこ》で君の世話をするのじゃから、客扱いにはされん。そりゃ手紙で阿父《おとッ》さんにも能《よ》う言うて上げてあるから、君も心得てるじゃろうな?」
「は。」
「からして勉強の合間には、少し家事も手伝うて貰わんと困る。なに、手伝うというても、大した事じゃない。まあ、取次|位《ぐらい》のものじゃ。まだ何ぞ角《か》ぞ他《ほか》に頼む事も有ろうが、なに、皆大した事じゃない。行《や》って貰えような?」
「は、何でも僕に出来ます事なら……」
「そ、そ、その僕が面白うない。君僕というのは同輩或は同輩以下に対《むこ》うて言う言葉で、尊長者に対《むこ》うて言うべき言葉でない、そんな事も注意して、僕といわずに私《わたくし》というて貰わんとな……」
「は……不知《つい》気が附きませんで……」
「それから、も一つ言うて置きたいのは我々の呼方じゃ。もう君の年配では伯父さん伯母さんでは可笑《おか》しい。これは東京の習慣通り、矢張|私《わし》の事は先生と言うたら好かろう。先生、此方《このかた》が御面会を願われます、先生、お使に行って参りましょう――一向|可笑《おか》しゅうない。先生というて貰おう。」
「は、承知しました。」
「で、私《わし》を先生という日になると、勢い家内の事は奥さんと言わんと権衡《けんこう》が取れん。先生に対する奥さんじゃ。な、私《わし》が先生、家内が奥さん、――宜しいか?」
「は、承知しました。」
 これで一通り訓戒が済んで、後《あと》は自慢話になった。先生も法律は晩学で、最初は如何にも辛かったが、その辛いのを辛抱したお蔭で、今日《こんにち》では内務の一等属、何とかの係長たることを得たのだという話を長々と聴かされて、私は痺《しびれ》が切れて、耐《こた》え切れなくなって、泣出しそうだった。
 辛《やッ》と放免されて、暗黒《くらやみ》を手探りで長四畳へ帰って来ると、下女が薄暗い豆ランプを持って来て、お前さん床を敷《と》ったら忘れずに消すのですよと、朋輩にでも言うように、粗率《ぞんざい》に言置いて行って了った。
 国を出る時、此家《ここ》の伯父さんの先生は、昔困っていた時、家《うち》で散々世話をして遣った人だから、悪いようにはして呉れまいと、父は言った。私も矢張《やッぱり》其気で便《たよ》って来たのだが、便《たよ》って来てみれば事毎に案外で、ああ、何だか妙な気持ちがする。
 私は家《うち》が恋しくなった……

          三十一

 私は翌日早速|錦町《にしきちょう》の某私立法律学校へ入学の手続を済ませて、其処の生徒になって、珍らしい中《うち》は熱心に勉強もしたが、其中《そのうち》に段々怠り勝になった。それには種々《いろいろ》原因もあるが、第一の原因は家《うち》の用が多いからで。
 伯父さんの先生――私は口惜《くや》しいから斯ういう――伯父さんの先生は、用といっても大した事じゃないと言った。成程一命に関《かか》わるような大した事ではないが、併し其大した事でない用が間断《しっきり》なく有る。まず朝は下女と殆ど同時に覚《おこ》されて、雨戸を明けさせられる。伯母さんの奥さんと分担で座敷の掃除をさせられる。其が済むと、今度は私一人の専任で庭から、玄関先から、門前から、勝手口まで掃《は》かせられる。少しでも塵芥《ごみ》が残っていると、掃直《はきなお》しを命ぜられるから、丁寧に奇麗に掃《は》かなきゃならん。是が中々の大役の上に、時々其処らの草むしり迄やらされて萎靡《がっかり》する事もある。
 朝飯《あさめし》を済せて伯父さんの先生の出勤を見送って了うと、学校は午後だから、其迄は身体に一寸《ちょっと》隙《すき》が出来る。其暇《そのひま》に自分の勉強をするのだが、其さえ時々急ぎの謄写物《とうしゃもの》など吩咐《いいつか》って全潰《まるつぶれ》になる。
 夕方学校から
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