@十一

 私は元来動物好きで、就中《なかんずく》犬は大好だから、近所の犬は大抵|馴染《なじみ》だ。けれども、此様《こんな》繊細《かぼそ》い可愛《いたい》げな声で啼くのは一疋も無い筈だから、不思議に思って、窃《そっ》と夜着の中から首を出すと、
「如何《どう》したの? 寝られないのかえ?」
 と、母が寝反りを打って此方《こちら》を向いた。私は此返答は差措《さしお》いて、
「あれは白じゃないねえ、阿母《おッか》さん? 最《もッ》と小さい狗《いぬ》の声だねえ? 如何《どう》したんだろう?」
「棄狗《すていぬ》さ。」
「棄狗《すていぬ》ッて何《なアに》?」
「棄狗《すていぬ》ッて……誰かが棄《すて》てッたのさ。」
 私はしばらく考えて、
「誰《たれ》が棄《すて》てッたンだろう?」
「大方|何処《どッ》かの……何処《どッ》かの人さ。」
 何処《どッ》かの人が狗《いぬ》を棄《すて》てッたと、私は二三度|反覆《くりかえ》して見たが、分らない。
「如何《どう》して棄《すて》てッたんだろう?」
 蒼蠅《うるさい》よ、などという母ではない。何処迄も相手になって、其意味を説明して呉れて、もう晩《おそ》いから
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