ノ人生に触れ自然に触れて実感し得た所にもせよ、空想で之を再現させるからは、本物でない。写し得て真に逼《せま》っても、本物でない。本物の影で、空想の分子を含む。之に接して得《う》る所の感じには何処にか遊びがある、即ち文学上の作品にはどうしても遊戯分子《ゆうげぶんし》を含む。現実の人生や自然に接したような切実な感じの得られんのは当然《あたりまえ》だ。私が始終斯ういう感じにばかり漬《つか》っていて、実感で心を引締めなかったから、人間がだらけて、ふやけて、やくざが愈《いと》どやくざになったのは、或は必然の結果ではなかったか? 然らば高尚な純正な文学でも、こればかりに溺れては人の子も※[#「爿+戈」、第4水準2−12−83]《そこな》われる。況《いわ》んやだらしのない人間が、だらしのない物を書いているのが古今《ここん》の文壇のヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ
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二葉亭が申します。此稿本は夜店を冷かして手に入れたものでござりますが、跡は千切れてござりません。一寸お話中
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