sはず》れだ。此処らが思切り時だろうと思って、或年意を決して文壇を去って、人の周旋で今の役所へ勤めるようになったが、其後《そのご》母の希望を容《い》れて、妻《さい》を迎え、子を生ませると、間もなく母も父の跡を追って彼世《あのよ》へ逝《い》った。
これが私の今日迄《こんにちまで》の経歴だ。
つくづく考えて見ると、夢のような一生だった。私は元来実感の人で、始終実感で心を苛《いじ》めていないと空疎になる男だ。実感で試験をせんと自分の性質すら能《よ》く分らぬ男だ。それだのに早くから文学に陥《はま》って始終空想の中《うち》に漬《つか》っていたから、人間がふやけて、秩序《だらし》がなくなって、真面目になれなかったのだ。今|稍《やや》真面目になれ得たと思うのは、全く父の死んだ時に経験した痛切な実感のお庇《かげ》で、即ち亡父の賜《たまもの》だと思う。彼《あの》実感を経験しなかったら、私は何処迄だらけて行ったか、分らない。
文学は一体|如何《どう》いう物だか、私には分らない。人の噂で聞くと、どうやら空想を性命とするもののように思われる。文学上の作品に現われる自然や人生は、仮令《たと》えば作家が直接
前へ
次へ
全207ページ中204ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
二葉亭 四迷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング