sうわさ》をして観たそうな事を言う。と、私も何だか観せてやり度《たく》なって、芝居だって観ように由っては幾何《いくら》掛るもんかと、不覚《つい》口を滑らせると、お糸さんが例《いつ》になく大層喜んだ。お糸さんは何を貰っても、澄して礼を言って、其場では左程嬉しそうな面《かお》もせぬ女だったが、此時ばかりは余程嬉しかったと見えて、大層喜んだ。
 もう後悔しても取反《とりかえ》しが附かなくなって、止《や》むことを得ず好加減《いいかげん》な口実を設けて別々に内を出て、新富座を見物した其夜《そのよ》の事。お糸さんを一足先へ還《かえ》し、私一人|後《あと》から漫然《ぶらり》と下宿へ帰ったのは、夜《よ》の彼此《かれこれ》十二時近くであったろう。もう雨戸を引寄せて、入口の大《おお》ランプも消してあった。跡仕舞《あとじまい》をしているお竹が睡《ねむ》たそうな声でお帰ンなさいと言ったが、お糸さんの姿は見えなかった。
 部屋へ来てみると、ランプを細くして既《も》う床も敷《と》ってある。私は桝《ます》でお糸さんと膝を列べている時から、妙に気が燥《いら》って、今夜こそは日頃の望をと、芝居も碌に身に染《し》みなかっ
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