ナなければ、如彼《ああ》は行《い》かぬ。これがお竹ででも有ろうものなら、直ぐ見たくでもない面《つら》を膨《ふく》らして、沸々《ぶつぶつ》口小言を言う所だ。それを常談事《じょうだんごと》にして了って、お三どん新参で大狼狽《おおまごつき》といって微笑《にっこり》……偉い!
五十五
感服の余り、私は何とかして此自覚せぬ芸術家に敬意を表したいと思ったが、併し奉公人同様に金など包んでは出されない、何でも品物を呈するに限ると、何故だか独りで極《き》めて掛って、惨澹たる苦心の末、雪江《せっこう》一代の智慧を絞り尽して、其翌日の昼過ぎ本郷の一友人を尋ねて、嘘《うそ》八百を陳《なら》べ立て、其細君を誘《そその》かして半襟を二掛見立てて買って来て貰った。値段の処も私にしては一寸《ちょっと》奮《はず》んだ積《つもり》だった。
早く之をお糸さんに呈して其喜ぶ顔を見たいと、此処らは未来の大文豪も俗物と余り違《ちが》わぬ心持になって、何だか切《しき》りに嬉しがって、莞爾《にこにこ》して下宿へ帰ったのは丁度|夕飯《ゆうはん》時分《じぶん》だったが、火を持って来たのは小女《ちび》、膳を運ん
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