った。此下宿は体裁は余り好くなかったが、それでも所謂《いわゆる》高等下宿で、学生は大学生が一人だったか、二人だったか、居たかと思う。余《あと》は皆小官吏や下級の会社員ばかりで、皆朝から弁当を持って出懸けて、午後は四時過でなければ帰って来ぬ連中《れんじゅう》だから昼の中《うち》は家内が寂然《しん》とする程静かだった。
 私は此家《このうち》で一番上等にしてある二階の八畳の部屋を占領していた。なに、一番上等といっても、元来下宿屋に建てた家《うち》だから、建前は粗末なもので、動《やや》もすると障子が乾反《ひぞ》って開閉《あけたて》に困難するような安普請《やすぶしん》ではあったが、形《かた》の如く床の間もあって、年中|鉄舟先生《てっしゅうせんせい》やら誰やらの半折物《はんせつもの》が掛けてあって、花活《はないけ》に花の絶えたことがない……というと結構らしいが、其代り真夏にも寒菊が活《いけ》てあったりする。造花なのだ。これは他《た》の部屋も大同小異だったが、唯《たッ》た一つ他《た》の部屋にはなくて、此部屋ばかりにある、謂わば此部屋の特色を成す物があった。それは姿見で、唐草模様の浮出した紫檀贋《
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