トやがる。私は余程《よっぽど》飛蒐《とびかか》って横面をグワンと殴曲《はりま》げてやろうかと思った。腹が立って腹が立って……

          三十七

 千載一遇の好機会も松に邪魔を入れられて滅茶々々になって了ったが、松が交って二つ三つ話をしている中《うち》に、間もなく夕方になった。夕方は用が有るから、三人ばらばらになって、私はランプ配りやら、戸締りやら、一切《ひとしき》り立働いて、例の通り部屋で晩飯を済すと、また身体に暇《ひま》が出来た。雪江さんは一番先に御飯を食べて、部屋へ籠《こも》った儘|音沙汰《おとさた》がない。唯松ばかり後仕舞《あとじまい》で忙しそうで、台所で器物を洗う水の音がボシャボシャと私の部屋へ迄聞える。
 私は部屋で独りランプを眺めて徒然《つくねん》としているようで、心は中々忙しかった。婚礼に呼ばれて行ったとすると、主人夫婦の帰るのには未だ間《ま》が有る。帰らぬ中《うち》に今一度雪江さんと差向いになりたい。差向いになって何をするのだか、それは私にも未だ極《きま》らないが、兎に角差向いになりたい、是非なりたい、何か雪江さんの部屋へ行く口実はないか、口実は……と藻掻
前へ 次へ
全207ページ中120ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
二葉亭 四迷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング