]念がない。雪江さんが肉声の練習をしているのだ。

          三十五

 私は其時分吉田松陰崇拝であった。将来の自由党の名士を以って自任しているのなら、グラッドストンかコブデン、ブライトあたりに傾倒すべきだが、何如《どう》した機《はずみ》だったか、松陰先生に心酔して了って、書風まで力《つと》めて其人に似せ、窃《ひそか》に何回猛士とか僭《せん》して喜んでいた迄は罪がないが、困った事には、斯うなると世間に余り偉い人が無くなる。誰《たれ》を見ても、先ず松陰先生を差向けて見ると、一人として手応《てごたえ》のある人物はない。皆|一溜《ひとたま》りもなく敗亡《はいもう》する。それを松陰先生の後《うしろ》に隠れて見ていると、相手は松陰先生に負るので、私に負るのではないが、何となく私が勝ったような気がして、大臣が何だ、皆《みんな》門下生じゃないか。自由党の名士だって左程偉くもない。況《いわん》や学校の先生なんぞは只の学者だ、皆《みんな》降らない、なぞと鼻息を荒くして、独りで威張っていた。私なぞの理想はいつも人に迷惑を懸ける許りで、一向自分の足《たし》になった事がないが、側《はた》から見たら嘸
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