рヘ立派な小狐家《おぎつねけ》の書生だ。伯父さんの先生の畜生《ちくしょう》、自分からが其気で居ると見えて、或時|人《ひと》に対《むか》って家《うち》の書生がといっていた。既に相手方が右の始末だから、無理もない話だが、出入《でいり》の者が皆|矢張《やっぱり》私を然う思って、書生扱にする。不平で不平で耐《たま》らないが、一々弁解もして居られんから、私は誠に拠《よん》どころなく不承々々に小狐家の書生にされて了って、而《そう》して月々食料を払っていた。
 が、今となって考えて見ると、不平に思ったのは私が未だ若かったからだ。監督を頼まれたから、引受けて、序《ついで》に書生にして使う、――これが即ち親切というもので、此の外に別に親切というものは、人間に無いのだ。有るかも知れんが、私は一寸《ちょっと》見当らない。

          三十二

 体好く書生にされて私は忌々《いまいま》しくてならなかったが、しかし其でも小狐家《おぎつねけ》を出て了う気にはならなかった。初の中《うち》は国元へも折々の便《たより》に不平を漏して遣ったが、其も後《のち》には弗《ふつ》と止めて了った。さればといって家《うち》
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