》で展墓《てんぼ》の為帰省した。寺の在る処は旧《もと》は淋しい町端《まちはず》れで、門前の芋畠を吹く風も悲しい程だったが、今は可なりの町並になって居て、昔|能《よ》く憩《やす》んだ事のある門脇《もんわき》の掛茶屋は影も形も無くなり、其跡が Barber's《バーバース》 Shop《ショップ》 と白ペンキの奇抜な看板を揚げた理髪店になっている。
が、寺は其反対に荒れ果てて、門は左程《さほど》でもなかったが、突当りの本堂も、其側《そのそば》の庫裏《くり》も、多年の風雨《ふうう》に曝《さらさ》れて、処々壁が落ち、下地《したじ》の骨が露《あら》われ、屋根には名も知れぬ草が生えて、甚《ひど》く淋《さび》れていた。私は台所口で寺男が内職に売っている樒《しきみ》を四五本買って、井戸へ掛って、釣瓶縄《つるべなわ》が腐って切れそうになっているのを心配しながら、漸く水を汲上げた。手桶片手に、樒《しきみ》を提《さ》げて、本堂をグルリと廻《まわ》って、後《うしろ》の墓地へ来て見ると、新仏《しんぼとけ》が有ったと見えて、地尻《じしり》に高い杉の木の下《した》に、白張《しらはり》の提灯が二張《ふたはり》ハタハタと風に揺《ゆら》いでいる。流石《さすが》に微《かすか》に覚えが有るから、確か彼《あ》の辺《へん》だなと見当を附けて置いて、さて昨夜《ゆうべ》の雨でぬかる墓場道を、蹴揚《けあげ》の泥を厭《いと》い厭い、度々《たびたび》下駄を取られそうになりながら、それでも迷わずに先祖代々の墓の前へ出た。
祠堂金《しどうきん》も納めてある筈、僅ばかりでも折々の附け届も怠らなかった積《つもり》だのに、是はまた如何な事! 何時《いつ》掃除した事やら、台石は一杯に青苔《あおごけ》が蒸して石塔も白い痂《かさぶた》のような物に蔽《おお》われ、天辺《てッぺん》に二処三処《ふたとこみとこ》ベットリと白い鳥の糞《ふん》が附ている。勿論|木葉《このは》は堆《うずたか》く積って、雑草も生えていたが、花立の竹筒は何処へ行った事やら、影さえ見えなかった。
私は掃除する方角もなく、之に対して暫く悵然《ちょうぜん》としていた。
祖母の死後|数年《すねん》、父母《ちちはは》も其跡を追うて此墓の下《した》に埋《うず》まってから既に幾星霜を経ている。墓石《ぼせき》は戒名も読め難《かね》る程苔蒸して、黙然として何も語らぬけれど、今|来《きた》って面《まのあた》りに之に対すれば、何となく生きた人と面《かお》を合せたような感がある。懐かしい人達が未だ達者でいた頃の事が、夫《それ》から夫《それ》と止度《とめど》なく想出されて、祖母が縁先に円くなって日向ぼッこをしている格構《かっこう》、父が眼も鼻も一つにして大《おおき》な嚔《くしゃみ》を為《し》ようとする面相《かおつき》、母が襷掛《たすきがけ》で張物をしている姿などが、顕然《まざまざ》と目の前に浮ぶ。
颯《さッ》と風が吹いて通る。木《こ》の葉がざわざわと騒ぐ。木《こ》の葉の騒ぐのとは思いながら、澄んだ耳には、聴き覚えのある皺嗄《しゃが》れた声や、快活な高声《たかごえ》や、低い繊弱《かぼそ》い声が紛々《ごちゃごちゃ》と絡み合って、何やら切《しき》りに慌《あわただ》しく話しているように思われる。一しきりして礑《はた》と其が止むと、跡は寂然《しん》となる。
と、私の心も寂然《しん》となる。その寂然《しん》となった心の底から、ふと恋しいが勃々《むらむら》と湧いて出て、私は我知らず泪含《なみだぐ》んだ。ああ、成ろう事なら、此儘此墓の下へ入って、もう浮世へは戻り度《たく》ないと思った。
九
先刻《さっき》旧友の一人が尋ねて来た。此人は今でも文壇に籍を置いてる人で、人の面《かお》さえ見れば、君ねえ、ナチュラリーズムがねえと、グズリグズリを始める人だ。
神経衰弱を標榜している人だから耐《たま》らない。来ると、ニチャニチャと飴を食ってるような弁で、直《すぐ》と自分の噂を始める。やあ、僕の理想は多角形で光沢があるの、やあ、僕の神経は錐《きり》の様に尖《とン》がって来たから、是で一つ神秘の門を突《つッ》いて見る積《つもり》だのと、其様《そんな》事ばかり言う。でなきゃ、文壇の噂で人の全盛に修羅《しゅら》を燃《もや》し、何かしらケチを附けたがって、君、何某《なにがし》のと、近頃評判の作家の名を言って、姦通一件を聞いたかという。また始まったと、うんざりしながら、いやそんな事僕は知らんと、ぶっきらぼうに言うけれど、文士だから人の腹なんぞは分らない。人が知らんというのに反って調子づいて、秘密の話だよ、此場限りだよと、私が十人目の聴手かも知れぬ癖に、悪念《わるねん》を推して、その何某《なにがし》が友の何某《なにがし》の妻と姦通している話を始める。何とかが
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