ュ》んだような若い女で、初は膝を突きそうだったが、私の風体を見て中止にして、立ちながら、何ですという。はてな、家《うち》を間違えたか知らと、一寸《ちょっと》狼狽したが、標札に確に小狐《おぎつね》三平とあったに違いないから、姓名を名告《なの》って今着いた事を言うと、若い女は怪訝《けげん》な顔をして、一寸《ちょっと》お待ちなさいと言って引込《ひっこ》んだぎり、中々出て来ない。車屋は早く仕て呉れという。私は気が気でない。が、前以て書面で、世話を頼む、引受けたと、話が着いてから出て来たのだし、今日上京する事も三日も前に知らせてあるのだから、今に伯母さんが――私の家《うち》では此家《ここ》の夫人を伯母さんと言いつけていた――伯母さんが出て来て好《い》いように仕て呉れると、其を頼みにしていると、久《しば》らくして伯母さんではなくて、今の女が又出て来て、お上ンなさいという。荷物が有りますと、口を尖《とん》がらかすと、荷物が有るならお出しなさい、というから、車屋に手伝って貰って、荷物を玄関へ運び込むと、其女が片端から受取って、ズンズン何処かへ持ってッて了った。
車屋に極《き》めた賃銭を払おうとしたら、骨を折ったから増《まし》を呉れという。余所の車は風を切って飛ぶように走る中を、のそのそと歩いて来たので、些《ちッ》とも骨なんぞ折っちゃいない。田舎者《いなかもん》だと思って馬鹿にするなと思ったから、厭だといった。すると、車屋は何だか訳の分らぬ事を隙間もなくベラベラと饒舌《しゃべ》り立って、段々大きな声になるから、私は其大きな声に驚いて、到頭言いなり次第の賃銭を払って、東京という処は厭な処だと思った。
車屋との悶着を黙って衝立《つッた》って視ていた女が、其が済むのを待兼《まちかね》たように、此方《こっち》へ来いというから、其跟《そのあと》に随《つ》いて玄関の次の薄暗い間《ま》へ入ると、正面の唐紙を女が此時ばかりは一寸《ちょっと》膝を突いてスッと開けて、黙って私の面《かお》を視る。私は如何《どう》して好《い》いのだか、分らなかったから、
「中へ入っても好《い》いんですか?」
と狼狽《まごまご》して案内の女に応援を乞うた時、唐紙の向うで、勿体ぶった女の声で、
「さあ、此方《こちら》へ。」
私は急に気が改まって、小腰を屈《こご》めて、遠慮勝に中へ入った。と、不意に箪笥や何や角《か》や沢
前へ
次へ
全104ページ中42ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
二葉亭 四迷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング