きっと》欲しがって、卒直にお呉ンなと云う。機嫌好く遣れば好し、厭だと頭振《かぶり》を振ると、顋《あご》を突出して、好《い》いよ好いよと云う。薄気味《うすきび》悪くなって遣ろうとするが、最う受取らない。好《い》いよ、呉れないと云ったね、好《い》いよと、其許《そればか》りを反覆《くりかえ》して行って了う。何となく気になるが、子供の事だ、遊びに耋《ほう》けて忘れていると、何時《いつ》の間にか勘ちゃんが、使の帰りに何処かで蛇の死んだのを拾って来て、窃《そっ》と背後《うしろ》から忍び寄て、卒然《いきなり》ピシャリと叩き付ける。ワッと泣き声揚げて此方《こちら》は逃出す、其後姿を勘ちゃんは白眼《しろめ》で見送って、「様《ざま》ア見やがれ!」
 私は散々此勘ちゃんに苛《いじ》められた。初こそ悔しがって武者振り付いても見たが、勘ちゃんは喧嘩の名人だ。直《すぐ》と足搦《あしがら》掛けて推倒《おしたお》して置いて、馬乗りに乗ってピシャピシャ打《ぶ》つ。私にはお祖母《ばあ》さんが附いてるから、内では親にさえ滅多に打《ぶ》たれた事のない頭だ。その大切にせられている頭を、勘ちゃんは遠慮せずにピシャピシャ打《ぶ》つ。
 一|度《ど》酷《ひど》い目に遭ってから、私は勘ちゃんが可怕《こわ》くて可怕くてならなくなった。勘ちゃんが側《そば》へ来ると、最う私は恟々《おどおど》して、呉れと言わない中《うち》から持ってる物を遣り、勘ちゃん、あの、賢ちゃんがね、お前の事を泥棒だッて言ってたよと、余計な事迄|告口《つげぐち》して、勉めて御機嫌を取っていた。斯うしていれば大抵は無難だが、それでも時々何の理由もなく、通りすがりに大切の頭をコツリと打《や》って行くこともある。
 外《そと》は面白いが、勘ちゃんが厭だ。と云って、内でお祖母《ばあ》さんと睨《にら》めッこも詰らない。そこで、お隣のお光《みっ》ちゃんにお向うのお芳《よっ》ちゃんを呼んで来る。お光《みっ》ちゃんは外歯《そっぱ》のお出額《でこ》で河童のような児《こ》だったけれど、お芳《よっ》ちゃんは色白の鈴を張ったような眼で、好児《いいこ》だった。私は飯事《ままごと》でお芳《よっ》ちゃんの旦那様になるのが大好だった。お烟草盆《たばこぼん》のお芳《よっ》ちゃんが真面目腐って、貴方《あなた》、御飯をお上ンなさいなと云う。アイと私が返事をする。アイじゃ可笑《おかし》いわ
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