Qしたからって、世間が一緒になって感情を害しはすまいし……と思ったのではない、決して左様《そん》な軽薄な事は思わなかったが、私の行為を後《あと》から見ると、詰り然う思ったと同然になっている。
先生には用が無くなったが、文壇には用が有るから、私は広く交際した。大抵の雑誌には一人や二人の知己が出来た。こうして交際を広くして置くと、私の作が出た時に、其知己が余り酷《むご》くは評して呉れぬ。無論感服などする者は一人もない。私などに感服しては見識に関わる。何かしら瑕疵《きず》を見付けて、其で自分の見識を示した上で、しかし、まあ、可なりの作だと云う。褒《ほめ》る時には屹度《きっと》然う云う。私は局量が狭いから、批評家等が誰《たれ》も許しもせぬのに、作家よりも一段|上座《じょうざ》に坐り込んで、其処から曖昧《あやふや》な鑑識で軽率に人の苦心の作を評して、此方の鑑定に間違いはない、其通り思うて居れ、と言わぬばかりの高慢の面付《つらつき》が癪《しゃく》に触《さわ》って耐《たま》らなかったが、其を彼此《かれこれ》言うと、局量が狭いと言われる。成程其は事実だけれど、そう言われるのが厭だから、始終黙って憤《おこ》っていた。其癖批評家の言う所で流行の趨《おもむ》く所を察して、勉めて其に後れぬようにと心掛けていた……いや、心掛けていたのではない、其様《そん》な不見識な事は私の尤も擯斥《ひんせき》する所だったが、後《あと》から私の行為を見ると矢張《やっぱり》然う心掛けたと同然になっている。
四十八
久《しば》らく文壇を彷徨《うろうろ》している中《うち》に、当り作が漸く一つ出来た。批評家等は筆を揃えて皆近年の佳作だと云う。私は書いた時には左程にも思わなかったが、然う言われて見ると、成程佳作だ。或は佳作以上で、傑作かも知れん。私は不断紛々たる世間の批評以外に超然としている面色《かおつき》をしていて、実は非難《けな》されると、非常に腹が立って、少しでも褒《ほ》められると、非常に嬉しかったのだ。
当り作が出てからは、黙っていても、雑誌社から頼みに来る、書肆《しょし》から頼みに来る。私は引張凧《ひっぱりだこ》だ……トサ感じたので、なに、二三軒からの申込が一|時《じ》一寸《ちょっと》累《かさ》なったのに過ぎなかった。
嬉しかったので、調子に乗って又書くと、又評判が好《い》い。
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