に袂《たもと》時計の紐《ひも》を捲付《まきつ》けて、手に土耳斯《トルコ》形の帽子を携えている。
「オヤ何人《どなた》かと思ッたらお珍らしいこと、此間《こないだ》はさっぱりお見限りですネ。マアお這入《はいん》なさいナ、それとも老婆《ばばア》ばかりじゃアお厭《いや》かネ、オホホホホホ」
「イヤ結構……結構も可笑《おか》しい、アハハハハハ。トキニ何は、内海《うつみ》は居ますか」
「ハア居ますヨ」
「それじゃちょいと逢《あっ》て来てからそれからこの間の復讐《かたきうち》だ、覚悟をしてお置きなさい」
「返討《かえりうち》じゃアないかネ」
「違いない」
ト何か判《わか》らぬ事を言ッて、中背の男は二階へ上ッてしまッた。
帰ッて来ぬ間《ま》にチョッピリこの男の小伝をと言う可《べ》きところなれども、何者の子でどんな教育を享《う》けどんな境界《きょうがい》を渡ッて来た事か、過去ッた事は山媛《やまひめ》の霞《かすみ》に籠《こも》ッておぼろおぼろ、トント判らぬ事|而已《のみ》。風聞に拠《よ》れば総角《そうかく》の頃に早く怙恃《こじ》を喪《うしな》い、寄辺渚《よるべなぎさ》の棚《たな》なし小舟《おぶね》では
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