え、どうせ一度は捨小舟《すておぶね》の寄辺ない身に成ろうも知れぬと兼て覚悟をして見ても、其処《そこ》が凡夫《ぼんぶ》のかなしさで、危《あやうき》に慣れて見れば苦にもならず宛《あて》に成らぬ事を宛にして、文三は今歳の暮にはお袋を引取ッて、チト老楽《おいらく》をさせずばなるまい、国へ帰えると言ッてもまさかに素手でも往《い》かれまい、親類の所への土産は何にしよう、「ムキ」にしようか品物にしようかと、胸で弾《はじ》いた算盤《そろばん》の桁《けた》は合いながらも、とかく合いかねるは人の身のつばめ、今まで見ていた廬生《ろせい》の夢も一|炊《すい》の間に覚め果てて「アアまた情ない身の上になッたかナア……」
 俄《にわか》にパッと西の方《かた》が明るくなッた。見懸けた夢をそのままに、文三が振返ッて視遣《みや》る向うは隣家の二階、戸を繰り忘れたものか、まだ障子のままで人影が射《さ》している……スルトその人影が見る間にムクムクと膨れ出して、好加減《よいかげん》の怪物となる……パッと消失せてしまッた跡はまた常闇《とこやみ》。文三はホッと吐息を吻《つい》て、顧みて我家《わがいえ》の中庭を瞰下《みお》ろせば、所
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