−86]《まわりあわせ》というものは是非のないもの、トサ昔気質《むかしかたぎ》の人ならば言うところでも有ろうか。
第四回 言うに言われぬ胸の中《うち》
さてその日も漸《ようや》く暮れるに間もない五時頃に成っても、叔母もお勢も更に帰宅する光景《ようす》も見えず、何時《いつ》まで待っても果てしのない事ゆえ、文三は独り夜食を済まして、二階の縁端《えんさき》に端居《はしい》しながら、身を丁字《ていじ》欄干に寄せかけて暮行く空を眺《なが》めている。この時日は既に万家《ばんか》の棟《むね》に没しても、尚《な》お余残《なごり》の影を留《とど》めて、西の半天を薄紅梅に染《そめ》た。顧みて東方《とうぼう》の半天を眺むれば、淡々《あっさり》とあがった水色、諦視《ながめつめ》たら宵星《よいぼし》の一つ二つは鑿《ほじ》り出せそうな空合《そらあい》。幽《かす》かに聞える伝通院《でんずういん》の暮鐘《ぼしょう》の音《ね》に誘われて、塒《ねぐら》へ急ぐ夕鴉《ゆうがらす》の声が、彼処此処《あちこち》に聞えて喧《やか》ましい。既にして日はパッタリ暮れる、四辺《あたり》はほの暗くなる。仰向《あおむい》て瞻
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